第6話
「どーも、吸血鬼です。お前ら全員食べちゃうぞー。」
軽薄な声に物言い。しかしそれは、人々をパニックにさせた。
恋人を殺され泣き叫ぶ女性の声。今まさに殺され、断末魔の声をあげる男性。事態は、改悪の一途をたどっていた。
「母さん、こっち。」
友里はそんな中立ち上がった。
入り口はもう、人の壁が出来上がっている。出ることはおろか、吸血鬼から逃げるために店内に戻ることも出来ない。
「スタッフルームの裏口から外へ出ろ!」
男性の声が響く。
なんとか店内に戻ることに成功した人が、一斉にスタッフルームに向かう。
「もしかして、スタッフルームから出るつもりか?」
勇介が怪訝な表情で友里を見る。
「そんなわけないでしょ。入り口を押さえたのだったら、当然裏口は塞ぐだろうし。だから、こっち。」
友里は母の優子の手を握ると、堂々と調理場に入っていく。調理場には誰もいない。まだ暖かいままの料理や熱い鉄板などがまだそのまま放置されている。
店員はスタッフルームの裏口から外へ逃げたのだろうか。せめて客の避難くらい指示してほしかった。
友里は調理場の壁を指差す。そこは、閉じられたシャッターがあった。
「カストの公式ホームページで、食品衛生を徹底するための専門の搬入口の設置が公開されていたの。」
取っ手に指をかけ、力を込める。かなり重いが鍵はかかっていないようだ。
「まあ、そこにも吸血鬼がいる可能性はあるけど、裏口や出入口から出るよりかはいくらかマシになると思う。」
父さん、開けて。と友里は父の庄司に頼む。
ガラリ
外は、駐車場のある程度開けた場所だった。ここにトラックを横付け、荷物を搬入するのだろう。
庄司は外の様子を軽く確認すると、こちらを振り返って、「行こう。」と言う。
そのまま一歩を前に踏み出した、その瞬間。
「あっ!!」
「はっ⁈」
「あなた!」
目の前に、見知らぬ男が立っていた。
黒い使い捨てマスクによって隠された口元。深く被られたフードからチラリと覗く血のように赤い瞳に開かれた瞳孔。そして、首から下げられた何かの描かれたコインのついたネックレス。
散々足音を立てていた絶望が、ついに目の前にやってきたのだ。
◇◆◇
「ははははっ、ニンゲン弱えぇぇぇぇぇ!!」
「ガキの血ってうめえよな。」
「えー、俺はやっぱキレーなおねーさんの血がうまいと思う。」
十数人の男たちがその瞳を真紅に染めながら、死体を貪る。
__くだらない。
父親の命令でこの大虐殺に参戦したはいいが、配属されたのは、十字会との戦闘部隊ではなく、ただの虐殺部隊。
さしずめ、須賀はこの男たちを暴走させないためのお守りだ。
__せめて、反抗する人間がいれば多少は違ったものの……
須賀はチラリと目をファミレスの入り口に向ける。
真っ青な顔で座り込み、すすり泣く女。足をもぎ取られ、悲鳴をあげる男性。子供だけはと命乞いをする母。
誰一人、ここから逃げ出すという選択や、戦いを挑むという選択を選ばない。逃げ出した男を瞬殺したりはしたが、それだけで思考停止をしてその場で動かなくなるなど、愚の骨頂ではないか。
「チッ」
「あれ?タイチョーは喰わないのですか?うまいっすよ。」
思わず舌打ちした須賀に、
「気分じゃねえ。タバコ吸ってくる。」
須賀はそう言うと、後ろの惨状に背を向け、物陰に向かう。
__クソみてえな気分だ。
火のついたタバコを吹かし、夜空を見上げる。
雲に隠されることも、星の瞬きに遅れることもない、見事な満月が浮かんでいる。そして、周りは俺が仕掛けた火の海。吸血鬼が死なない程度の火力だが、人間を怯えさせるには丁度いい火だ。
人間は、嫌いだ。母は十字会に殺された。父は「被食者に殺されるなど」と呆れていたが、俺はそうは思えない。
母を殺した人間が憎い。群れで行動する人間がうざい。なかなか腹を満たせず、空腹が常につきまとい、苛立ちを誘う。
しかし、今はどうだ。
人間を蹂躙する側に回れた。人を腹一杯喰うこともできる。気に入った女は家畜にしてもいい。
けれど
けれど。
けれど、これでは、何かが違う。合っていない。
何が違うのかは、具体的にはわからない。
でも、確かに何か引っ掛かりを覚える。
「………クソっ、これだったら参加しねえ方がまだましだった。」
足元の小石を苛立ちまぎれに蹴り飛ばす。
身の振り方を間違えたか。そう思ったときだった。
ガラリ……
近くでシャッターの開く音がした。
__は?
須賀はタバコを地面に落とし、足で踏みにじった。
シャッターは、このファミレスの調理場に繋がっているらしい。
そこから、四人の人間が出てきた。
__おいおい、中に突入した吸血鬼はどうなった!!
わけがわからない。二人が子供、二人が大人。おそらく家族なのだろう。
大柄の、スーツを着た男性が周りを確認している。
__意味がわからねえが、俺たちが命令されたのは『虐殺』。とりあえず殺しにいかねえと。
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