第5話
ファミレス『カスト』についた友里は、四人席の通路側に座る。
目の前には兄の秋田
勇介は中学校の指定カバンを膝の上に乗せたまま、メニューを見ている。黒い学ランの校章が電球に照らされて、キラキラと輝いていた。
勇介は今年入学したばかりの中学一年生だ。
「友里、お前は何を食べる?」
勇介がメニューを手渡してきた。1枚目には、こんがりと焼けたハンバーグの中から、チーズがトロリと出てくる写真が乗っている。どうやら、それがオススメらしい。
「じゃあ、このチーズハンバーグで。」
友里は短くそう言った。
◇◆◇
秋田一家がファミレスで食事を楽しんでいた。
それぞれ好きなものを楽しみ、会話をし、笑い合う。
『幸せ』と言える時間を過ごしていた。
けれども、それは、終わりを迎えようとしていた。ドン底に叩き落とされるという、最低な終わり方を。
プルルルルルル!プルルルルルルル!
ピピピピピピピピピピピピピピピピ!!
ビー、ビー、ビー
店内に響き渡るたくさんの電子音。
秋田のスマホからも、その電子音は流れていた。
__なに?
人々の間に、困惑の声が広がる。
「え?なにこれ。」
「携帯が、急になりだした?」
「なになに?」
「『緊急避難命令』?」
スマホの画面には、「上里町にお住いの皆様、今すぐ指定避難所に避難してください。」という真っ赤な文字が表示されている。
「一体、何なのだ?」
父の庄司が、不機嫌そうにそうぼやく。庄司のスマホにも、全く同じ文字が表示されているようだ。
友里はハンバーグにチーズを絡めて口の中に放り込む。
「とりあえず、避難した方がいいのかしら?」
母の優子も食事を続けながらそういう。
そんなことをしていると、勇介が難しい顔をして席から立ち上がった。
「今すぐ、避難した方がいいな。」
そう言って、勇介は窓の外を指差す。
それにつられるようにして、友里も窓のそとをみる。
「!!!」
外は、明るかった。もう、六時を超えているというのに。日は、とっくに落ちたというのに。
けれど、電灯の光ではない。
炎の、火の、赤い光だった。
「きゃああああああああああ?!」
「何だよ!あれは!」
燃え上がる外の景色に、店内は騒然とする。
「……行こう。逃げないと。」
勇介はフォークを皿の上におくと、指定カバンを掴む。
しかし、少しばかり遅すぎたようだ。
「逃げろぉぉぉぉぉぉ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
誰かが、声をあげて、外へ出て行った。
それにつられるように、人々が一斉に出口を目指す。
「押さないで!」
「暴れるなよ!」
「早く出ろ!」
悲鳴、絶叫、罵声に怒声。もう、店内はパニック状態になっていた。
勇介は舌打ちをすると、席に戻った。あれに参加したところで、出れるのが当分先になると感じたからなのだろう。皿に置いたフォークを掴み、残っていたブロッコリーを突き刺して口の中に放り込む。
「なあ、優子。近くの避難所は、どこだ?」
「確か、上里小学校か上里中学校だったわ。」
母も皿の上に残っていたハンバーグを口のなかに押し込む。
「二人とも。」
庄司は真面目な顔で友里と勇介に話しかける。
「今、ここは酷い状態だ。外があんな状態である以上、仕方のない部分もあるが、焦らないで逃げよう。__良いな?」
「うん」
「ああ。」
友里と勇介は短く返事をした。
__その時だった。絶望が足音を立てて、この店にやって来た。
「キャァァァァァァ!!!!」
「え、何……ウグッ」
怒声が、罵声が、掻き消える。
そして、声が聞こえた。
「どーも、吸血鬼です。お前ら全員、食べちゃうぞー。」
ふざけた口調。おちゃらけた声。
それは、それが、あれが、絶望の音で、声だった。
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