第2話

 今朝の騒ぎから打って変わり、学校での時間は平凡そのものだった。


 国語、算数、社会、理科。


 友里は窓際の黒板の前の席から、退屈そうに授業を眺めていた。

 友里は、好きだった。友達と会話をしたり、本を読んだり、こっそり持ってきた漫画を友達と読み合ったり。


 けれど、苦痛なのだ。

 つまらない授業。理解しきったことの反復。先生のつまらない自慢話。教科書を開かなくても理解できる薄っぺらい内容。

 友里にとって低レベル過ぎた。


「秋田友里さん!聞いていますか!」


 メガネをかけた髪の薄い先生が神経質に友里に声をかける。確か、河下という名前だったはずだ。


「はいはい……。」

「『はい』は一回です!では、昆虫の体の主な仕組みを答えなさい。」


 河下先生の言うことに対して生返事をすると、友里はちらりと黒板を見た。大きな白い文字が黒板を半分ほど埋めている。

 内容は、昆虫の体のつくりがどうのこうのというもの。

 友里は、四月に配られた理科の教科書を思い出す。昆虫の項目はもう読んだことがある。脳内の理科のノートの『昆虫』のページを開いた。


「昆虫は頭部、胸部、腹部の三つに別れており、触覚をもつ。また、昆虫は節足動物であるため、体の内部に脊椎は存在しない。足は胸部に三対で合計六本の足をもつ。そのため、蜘蛛は昆虫ではない。呼吸は気管で行い……」


「わかった、わかった。もういい。話聞いてないのは理解した。」


「何でですか!」


「先生が授業でそこまで説明していないからです。」


「……。」


 周りの人がクスクスと笑う声を聞きながら、友里は黙って教科書を開いた。


 ◇◆◇


 今日最後の授業は、総合学習の時間だ。

 河下先生が黒板に丁寧に表を書いて行く。友里は後頭部の薄い頭をちらりと見つめながら、配られたパンフレットを開いた。

 黄色と黒の目立つパンフレットには、『きゅうけつきに気をつけよう!』という文字といかにもな吸血鬼のイラストがかかれていた。

 内容は、ほとんど常識のようなものだ。保育園の年少さんでも知っている。

 先生はチョークを黒板に置くと、こちらの方を見て口を開いた。


「えー、皆さんが知っているように、吸血鬼は先生や皆さんの血液を『喰らう』ことで生きています。吸血鬼の特徴は、怒ったり、お腹が空いたり、悲しくなったりした時に、目が真っ赤になることです。」


 先生は、パンフレットの写真を指で指し示す。写真には、『いつものひとみ』と書かれた普通の黒い目の写真と、『きゅうけつきのひとみ』と書かれた、瞳の部分だけが血のように真っ赤になった目の写真が写されていた。

 児童がそれを見ているのを確認してから先生は話を続ける。


「吸血鬼は私たち人間と比べて、とても体が丈夫にできています。一番弱い吸血鬼でも、皆さんの五倍、先生たちの二倍は体力があり、力もとても強いです。また、種類によってはほとんど不死身なので、私たち人間が吸血鬼から身を守るには、吸血鬼に会わないようにすることが大切です。」


 パンフレットの三ページ目を見てください、と先生に言われるがままに、友里はパンフレットに目を落とす。

 可愛らしい星のマークで囲われたそこには、『きゅうけつきから身をまもるほうほう』という題名で二つのことが書かれている。


「まず、吸血鬼は太陽が大嫌いです。朝や昼には外へ出ないので、夜には外に出ないようにしてください。次に、吸血鬼は人が少ないところに隠れて住んでいたりもします。人気の少ないところにはいかないようにしてください。」


 先生はそこまで言ってから、「さて、」と口の中でつぶやくと、二枚めのパンフレットを児童に配る。それには、『吸血鬼取締委員会きゅうけつきとりしまりいいんかいからのお知らせ』と書かれている。


「次は、吸血鬼の種類についてです。」


 先生は、先ほど黒板に書いた表に、文字を入れていく。


「まずは、私たち人間と一緒に生活している、『混血A』の吸血鬼。人と人の間に稀に生まれて、おじいちゃんやおばあちゃんが吸血鬼だったりすると、たまに生まれる種族です。生きるのに必要な血の量が少ないので、人間と一緒に暮らすことができます。」


 友里はパンフレットを開く。

 そこには、吸血鬼の種類別に、特徴や生きるのに必要な血の量などが書かれていた。

 友里は、脳内のノートとパンフレットの内容を照らし合わせながら内容を整理する。

 混血Aが生存するために必要な血液の量は、一ヶ月に一口ほど。一週間に一口血液を喰らえば人を襲うことも無いため、人間と共に生活することが可能になっている。人間よりも少しだけ体力や筋力が高い。


 次の種類は、『混血B』。人間と吸血鬼との間に生まれる。

 混血Bは届出さえ出せば、吸血鬼管理委員に多少管理されつつも人間とともに生活することができる。生存するのに必要な血液の量は、一週間に一口。パンフレットには二日に一口血液を喰らうことで共存できると書かれているが、例外もある。体力や筋力は、親によってばらつきがあるため、一概には能力を言えない。


 一応、混血の吸血鬼は、半分人間扱いだ。


 次は、『1代目』。混血同士の間に生まれる。

 先生が言っていた、私たちの五倍、大人の二倍の身体能力というのが、この吸血鬼に当てはまる。

 太陽光を浴びると死にはしないが火傷を負うため、日中に外には出ない。

 生存に必要な血液の量は、1日に一口。大抵、一ヶ月に一人ほど人間を喰らい生きている。


 次は、『2代目』。1代目同士や、2代目と1代目の間に生まれる。

 三分ほど太陽光を浴びると死んでしまう。が、太陽光を浴びずに死ぬと、することができる。こうなると、もう人間の何倍強いかはわからない。最低限訓練を積んだ人間が十人ほど集まって一人の2代目吸血鬼を討伐することができるらしい。

 生存に必要な血液の量は、1日にコップ一杯ほど。週一で人を喰っているらしい。


 以降は、『3代目』、『4代目』と続いていき、生存に必要な血液犠牲者の数も増えていく。


 友里は、顔をあげて黒板の方をみる。

 表を埋めた先生が、児童の方を見て説明をしていた。

 

「今現在、人間に討伐されたことのある最高ランクの吸血鬼は、です。しかし、確認された吸血鬼には、と思われる吸血鬼も存在しています。ですので、夜間の外出はくれぐれも控えてください。」


 先生がちょうどそこまで言ったところで、チャイムがなった。

 日直のやる気のない号令の後、今日の授業は全て終了した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る