一章 上里町事件

第1話

 朝。燦々と降り注ぐ日差しに起こされるよりも先に、友里は母の秋田優子ゆうこの悲鳴で目を覚ました。


「何これ!!」


 やたらと声が近い。友里は目の周りをこすりながらぼんやりとする頭を無理やり働かせて周りの様子を確認する。

 そして、気がつく。


 先ずは、友里が眠っていたところ。そこは自室のベッドなどではなく、リビングに一つだけある、大きなソファの上だった。ご丁寧に、毛布まで体にかかっている。


 次に、キッチンに近い方のリビングの惨状。壊れた食器棚に、割れた陶器やガラス。外から雨も入ってきたのだろう。ぐちゃぐちゃに濡れたフローリングの上に、ちぎれた葉っぱのようなものが数枚張り付いていた。


 そして、フローリングにべったりと広がった、おびただしい量の血液。周りには、使用済みのガーゼや、消毒液、それに水がほんの少しだけ残った風呂桶などが打ち捨てられていた。


 友里の脳裏に、昨夜の救命の光景が映し出される。


「……片付けるの、忘れてた。」


 友里のそんなつぶやきを聞いたのか、母が


「友里!あんた何やったの!!」


 と大声を出した。


 ◇◆◇


 結局、今朝は警察へ連絡し、少しだけ事情聴取を行ってから、コンビニで朝ごはんを済ませて解散となった。

 桃色のランドセルを背負った友里は、小学校へと向かう。今日は平日なのだ。


 友里は、学校への通学路を淡々と歩いていく。

 風にむしり取られた青葉に、折れてしまった小枝。どこから飛んできたのかわからないド派手な色のチラシに、用途のわからないプラスチックの容器。台風が通り過ぎたばかりなため、歩道のアスファルトの上には様々なものが落ちていた。

 大きな水溜りを避け、目の前の小さな川にかかる橋をみる。

 橋桁から川を覗き込むと、普段の小さなせせらぎがまるで偽物であるかのように、チョコレート色の水が大きなうねりをうんでごうごうと流れていた。


 橋さえこえれば、すぐ目の前には小学校の校門。

 川が決壊してしまった時には避難場所にはできない気もするが、れっきとした災害時避難指定所だ。

 校門まえに立つ先生に軽く挨拶しながら、友里は教室へと向かっていった。

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