椎名

第1話

 東北の夏は短い。真夏日が続くと知恵を絞って涼しくする。夏のお祭りやお盆が過ぎると一気に秋っぽくなる、そう思って真夏を耐えているのかも。けれど今年の夏は去年よりは涼しかったような気がする。こんな時は、冷たい風が少し寂しく感じる。


 高校を卒業してからはフリーター生活を一年程送り、地元の企業に就職した。

 伯母さん曰く、地元では中々大きな会社らしい。ロボットのアームを作ったり、プログラムの開発とかをしている。

 本社が東京にあって、この近辺にグループ会社が四棟建っている。土日祝日が休める会社というのは、この辺では珍しいらしい。

 中途入社出来たのは、かなりラッキーらしい。

 

 私は月に二~三回ライブハウスに行く。友達とバンドまがいの事をしている。年末のお祭り騒ぎの時にコピバンでステージに立つ位だ。周りにバンドをやっている子が沢山いるので、よくライブを見に行く。

 ライブの無い休日は、図書館や美術館に行く。世の『名作』と呼ばれる物を沢山見ておきたいから。

 有名な作品の名前を知っていても、実際に中味は解らない、という事が多い事に気付いた。良くも悪くも情報が溢れている時代だ、良い所を活用しない手は無い。

 恋人はいない。時々は、ライブハウスで知り合った人達と、大勢で愉しく過ごしている。


                 ○


 十月、もう夜は寒い。土曜の夜は大抵ライブハウスに行く。

 今日のライブは、私の好きな地元バンドが出る。神奈川県からツアーバンドが来るらしい。バンド名も曲も聴いた事が無いので、どんな音をしているのか愉しみだ。

 お目当てのバンドは二番手だった。今日も素晴らしいライブだった。誰かと感想を共有したいとは思わない。自分の感じた事を、自分だけで消化する。


 外の空気が吸いたくなった。入り口が喫煙所になっている。

 知っている顔がいるかな、と思い喫煙所を見ると同じ職場の男の人がいた。菊池さんだ。驚いた。あちらも驚いた様子で私を見ている。近づいてきた。


「お疲れ様、驚いたよ。僕はこのバンドをよく見に来るのだけれど今まで椎名さんに会った事無かったから。このバンド好きなの?」

「私もびっくりしました。このバンドのライブには初めて来たのでまだ曲も聴いた事がないです」


 私は会社の人とあんまり話をしない。何を話していいか解らないから。

 わざわざ自分のプライベートを話したいとは思わないし、つっこまれるのも面倒だ。

 職場の人間なのだから、仕事の話をすれば充分だと思っている。仕事を円滑に進める為に愛想笑いは時々するけれど。


 菊池さんは、一度だけ会社の玄関で一緒になった事がある。冬にドクターマーチンのブーツを履いていたのが印象的だった。ホールブーツのような着脱が面倒なブーツを会社に履いてくる事に驚いた。けれど云い換えれば、それ程履きこなしているって事か。

 マーチンを履いているって事は、音楽に興味があるのかな? と少しだけ思った。

 けれども意外、ライブハウスに、一人で来たりするんだ。会社ではよく仲の良い人と一緒に行動しているから。

 今夜の菊池さんのスニーカーは、バンズだった。私も色違い、持っていると、心の中で呟いた。

                 ○

 

 翌週の月曜日に、菊池さんと一緒に仕事をする事になった。私の担当エリアのデータ数値に問題があったのでデータの再測をする事になった。

 測定は私の仕事だけれど、今回は問題ありでの再測なので、責任者として菊池さんが一緒に再測する。

 菊池さんは頭が良いだけあって、色々要領が良い。仕事がやり易いと思った。

 再測が終わった、私の仕事はここまでだ。

 あとは再測したデータ数値を、更に上の部門の担当者と菊池さんが検討する。そこの担当者と菊池さんは仲が良かった気がする。菊池さんもちょっと嬉しそうにしている。


「椎名さん、再測終わった?」お局様が声をかけてきた。

「菊池さんは気が利きすぎて、余計な事までしちゃうタイプだからねぇ。ほどほどにした方がいいわよ」お局様が続けた。

 お局様から見たら菊池さんは若い男性になる。頭も良いし、ルックスも中々だと思う。加えて、仕事上の立場でも上になる。菊池さんの隠れファンといった所か。

 どうでもいいけれど、お局様を敵に回したら厄介なので愛想笑いをしておく。

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