第24話

レンダールは、ミライナの詰問に対し、最初はこう、答えていました。

「それは樹々の間から光のあふれる神々しい朝のことでした。谷川の清流で沐浴をしておりますと、いままで聞いたこともないような、美しい女性の声が頭の中に響きました。しかし、言葉ではなく、ただ、おのれが役割を果たせ、という明らかな意志が感じられて、はっと気づくと、ハルニレの大樹の根元にスリヤさまが横たわっておられたのです」

しかし、ミライナは、

「あなた、そんな三流ファンタジーの出だしみたいな、安っぽい作り話を私が信じると思うの? 事実だけを述べなさい」

と冷たく言い放ちました。レンダールは、決してウソではないと粘りましたが、ミライナがマルダシソウをちらつかせると、あっさりと口を割りました。マルダシソウは、ニガヨモギに似た野草で、意志をつかさどる脳神経を半永久的に麻痺させる作用があって、一度口にしたら、一生ウソがつけなくなるのです。

「私は元々、ズルンダ育ちの旅回りの芸人で、座長とのトラブルがあって、一座の金を持ち逃げしたんですが、山で道に迷い、谷川へ転落しました。右足を挫いたか、折ったか、ひどい激痛がしましたが、そのまま、じっと隠れました。そのうち、ひどく腹が減って、川で魚釣りをしました。もともと下手な手品師ですので、仕掛けは色々持ち歩いているのです。さっそく、ヤマメを一匹釣り上げたのですが、それを釣り針から外そうとした瞬間、背後にいた誰かが奪い取ったのです。それがスリヤさまでした。薄汚いなりでしたが、小さな女の子と気づいた私は、叱るように、返しなさいと言いましたが、スリヤさまは何も理解ない様子で、ただ、『スリヤー』と一言叫んだ以外は、ヤマメに食らいついて、離そうとはしませんでした」

スリヤーと叫ぶ以外は、ほとんどケモノ同然で、レンダールの釣り上げたヤマメに何度も手を出そうとしていましたが、そのうち、自分のからだが妙な具合になってきたのに、レンダールは気づいたのです。

「転落したときに多分、足首は折れていたのでしょうが、スリヤさまが『スリヤー』と叫ぶたびに、その傷口が、少しずつ小さくなって、痛みも徐々に小さくなっていきました」

そのうちに傷口は完全に消え、レンダールは右足でちゃんと立てることに気づきました。そして、ボディスリヤを手なずけて、山を降りてきた時には、この少女の超能力をどう役立てればいいかについて、綿密なプランを練り上げていました。最初は貧民街で何度も「奇跡」を起こして、「スリヤさま」の名前を高めると、その後はレンダール導師として、スリヤ教団の中心人物となっていったのです。


「つまり、最初は、今のうちの子みたいに、赤ん坊同然だったわけね」

ミライナが聞きました。

「はい、この私が、衣食住からトイレの始末まで、すべての面倒を見て、言葉も教えましたので。この私の献身的な努力があればこそ、今のスリヤさまもいらっしゃるわけで、さもなければ、ムズガユイさまをお助けする機会もありえなかったわけで」

と、レンダールが得意げに答えたので、マーヤンはムカッとした表情で、レンダールを小突き、

「あんた、私の子供をさんざん利用していたくせに、なに、その言い草は」

「私は何も知らなかったのだ。第一、多くの人々が救われたではないか」

「救ったのは、スリヤさまで、あんたじゃないわよ」

マーヤンがレンダールにつかみかかりました。ミライナはすぐに護衛兵に命じて、二人を離しました。

「やめなさい。私が知りたいのは事実関係だけ」

ミライナは、さらにスリヤに質問を浴びせかけて、スリヤが気がついた時にはフランス人形だったこと、マーヤン、パーヤンとの偶然の再会や、グランドラのお城で、偽装人形に自分の魂が移ってしまったことなどを聞き出しました。

「やっぱり思ったとおりね。すべて『半現実化』の影響だわ」

「『ハンゲンジツカ』だと・・・何か、忌まわしい響きがあるな、その言葉には」

ちょうど、つぶれた鼻の修復処置を済ませて戻ってきたグルヤナイ王が言いました。ミライナは、呆れたような表情を浮かべながら、夫をにらみつけました。

「覚えてないのね、ホントに。あなたが、この、おかしな世界を創りだした張本人だというのに」

「な、なにをバカバカしいことを言っているのだ、おまえは。わしは王で、神ではない」

グルヤナイ王は、そう言い返しましたが、その口調にはどこか自信のない、後ろめたい気持ちが現れていました。心の奥で、どこか、引っかかるものに気づいたのかもしれません。

「半現実化装置のことよ。覚えてないの」

「ハンゲンジツカソウチ・・・・なんのことだ、いったい」

「あ、そう。じゃ、教えてあげるわ。あなたはよく調べもせずに、ちっぽけなゲームソフト会社にお金を貸して、借金の形に差し押さえたのが、半現実化装置なの。それを、ただ、形が面白いからという理由で、一人息子が乗る三輪車に仕立てたの。ところが、ここにいるスリやさまが、その三輪車をリッチーから奪って逃げたのよ」

スリヤは腕組みをして、そっぽを向きながら言いました。

「さっきも言ったけど、幼稚園では、動力付きの三輪車は、禁止されてるのよ。私はそれをリッチーから取り上げただけ」

「まあ、この子の言い分には多少無理があるけど、動力付きの子供用三輪車が違法なのは確かね。その上に半現実化装置なんて、馬鹿げたものを積んでいたおかげで、世界は変わってしまったのよ」

グルヤナイ王は、ベッドの上をバアバア言いながら、赤ん坊のように、はいずりまわっているリッチーを抱き上げて、言いました。

「さっきから、おまえの言ってることは、さっぱりわからんな。大体、なんで、息子のことをリッチーと呼ぶのだ。この子の名前はムズガユイだぞ。それはそれとして、ともかく、このスリヤさまのおかげで息子は助かったことだし、相応の礼を差し上げて帰ってもらうことにしようじゃないか」

「そう。どうしてもシラを切り続けるつもりなのね。それなら、こっちにも考えがあるわ」

ミライナはそう言って、部屋から出て行こうとしました。ところが、数人の将校たちがそれを阻むように、飛び込んできました。

「国王陛下、大変です。王宮が包囲されています」

「な、なんだと」

グルヤナイ王は、抱いていたリッチーを思わず、落としそうになりましたが、ミライナがすかさず抱きとめました。

「クーデターです。我々、親衛隊以外はすべて反乱軍に寝返りました」

「そんな馬鹿な。この前給料を上げてやったばかりじゃないか。ロクでも仕事もせず、文句ばかり言ってるくせに、けしからん。仕方がない、ここはいったん地下通路から脱出して、再起を図るしかないな」

「はあ、それが、そのう・・・」

将校たちはもじもじしながら、口ごもっています。

「なんなの、クーデターって」

スリヤが、将校に聞きました。マーヤンがすかさず、スリヤの手を引っ張りました。

「やめなさい、あんたは余計なこと聞かないの」

「だって」

「王様はクビにされたのよ」

その言葉に勇気づけられたかのように、将校のひとりがグルヤナイ王に言いました。

「というわけで、陛下。我々も寝返ることにしましたので」

将校たちの構えた拳銃はグルヤナイ王に向けられていました。

「は?」

グルヤナイ王が口をポカンと開けました。ミライナが、お手上げというように、がっかりした表情で、言いました。

「ダメだわ、もう。元の世界に戻れない」

そのとき、外で散発的な銃声が起こり、ドアが乱暴に蹴破られて、武装兵の一団が乱入してきました。その先頭にいたのは、小銃を手にしたババンとゲイルでした。

「助けに来たわ。もう、大丈夫よ」


そんなわけで、グルヤナイ王とミライナ、リッチーの三人を始めとして、国王の一族はすべて、ハグレ島への流刑となり、一方、スリヤたちには、王家が別荘として利用していた、高台の豪邸が与えられ、革命の象徴として新政府に厚遇を受けるようになりました。とはいえ、ミライナが言ったように、元いた世界に戻れたわけではないので、とりあずのメデタシメデタシ。

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アコギな国のスリヤ @jkdondon

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