第21話

スリヤがステージに飛び上がった時、形勢はすでに逆転していました。ボディスリヤとレンダールを取り囲んで、連れだそうとしていた兵隊たちとその指揮官が、逆に観客だった若者たちや寝返った兵隊たちに包囲されていました。しかし、包囲の輪はなかなか縮まりません。というのも、指揮官がボディスリヤの頭に銃口を突きつけているからです。レンダールに抱かれたボディスリヤは蒼白な顔つきで震えるばかりです。

「それ以上近づくんじゃない。間違いが起こるかもしれないぞ」

指揮官はそう言いながら、単発銃を構えて周囲を守る兵隊たちと共に、じりじりと出口の方へ移動を続けました。スリヤもさすがに強引な真似は出来ないので、包囲する一団と共にじりじりと動くしかありません。そのうち、出口へ続く階段まで来ましたが、下り階段の方には、ボディスリヤの護衛たちなどが待ち構えているので、指揮官はレンダールに抱かれたボディスリヤに銃口をつけたまま、取り巻きの兵隊たちと上り階段へ向かいました。

「バカめ、逃げ場はないぞ」

「いや、援軍を待つために時間稼ぎをしてるんだ。早くなんとかしろ」

若者たちはそう口々に言いながら、指揮官のすきを狙っていましたが、そうこうする内に、赤い夕陽の差し込む、屋上へつながる通廊に来てしまいました。

「外へ出すな。逃げられるぞ」

「大丈夫だ。四階分の高さがある。逃げられるもんか」

しかし、指揮官たちは、ためらいもなく屋上の扉を開けて、外へと出ていきます。と同時にブウンという、鈍い羽音のようなものが聞こえてきました。スリヤはハッとして、「ダメ!」と叫びながら、前にいる追手たちをかき分けました。


甲冑をまとった、三匹の大きな武装ヘリトンボが、屋上へ出た指揮官たちに合わせるように舞い降りてきました。三匹のうち、先に降下した、両側の二匹には、連発銃を構えた兵隊が四~五人乗っていて、指揮官たちに続いて、屋上へ出ようとした追手に向かって、一斉に銃撃を始めました。その激しい弾幕で、追手の若者たちはなすすべもありません。その間に、指揮官たちは、レンダールやボディスリヤを、真ん中の誰も乗っていないヘリトンボに乗りこませようとしていました。しかし、弾幕にひるむ若者たちの間から、スリヤが飛び出して来ました。

「待てえ」

兵隊たちは、突然、若い女性が飛び出してきたと思い、銃撃を中断させました。その一瞬に、スリヤは、ボディスリヤたちを乗せて、飛び上がろうとしていた武装ヘリトンボに向かって、思い切りジャンプしました。かろうじてスリヤの右手が、ヘリトンボの短い尻尾をつかまえていました。ヘリトンボの上昇速度が鈍り、蛇行をはじめました。

「ウワワ、重タイ、飛ベナイ」

ヘリトンボがキイキイ声で叫びました。指揮官が身を乗り出し、スリヤめがけて短銃を発砲しました。しかし、ヘリトンボが揺れているので簡単には当たりません。他の兵隊たちは、撃つのをためらっています。

「何をしている。撃て。撃ち落とせ」

「しかし、隊長」

「よく見ろ」

指揮官が短銃を連射しました。スリヤの左肩に一発が当たりましたが、しかし、スリヤは平気で、左手でヘリトンボの甲冑をつなぐ鎖にしがみついて、よじ登ろうとしています。

「偽装人形でありますか!?」

そう言った兵隊が目を丸くしています。実物を見たのは初めてなのです。

「そうだ。あれはズルンダの偽装人形だ。」

「しかし、偽装人形は協定違反ではありませんか」

「ふん、協定などというものは、戦争が始まったら、ただの紙キレに過ぎん」

「セ、センソーになるんでありますか」

「ごちゃごちゃ言わずに早く撃たんか」

しかし、スリヤの姿は、指揮官たちの視界からはすでに消えて、ヘリトンボの背中辺りにへばりつく形になっています。並んで飛んでいる二匹のヘリトンボにいる兵隊たちは、連発銃を構えているものの、誰も引き金を引こうとはしません。

「こらあ、何をしている。早く撃ち落とせ」

指揮官が怒鳴りました。

「無理です。ヘリトンボに当たります」

怒鳴り声が戻ってきました。

「ヘリトンボは甲冑をつけている」

「我々のは、高性能の徹甲弾です。甲冑も貫通します」



ヨロヨロと低空飛行を続けるヘリトンボをはさみ、三匹のヘリトンボは、街路の上空を王宮のある北へ向かって、進んでいきました。スリヤを奪い返そうとする若者たちや反乱兵を中心にした群衆が、それを追いかけています。パーヤン、マーヤン、ババン、それにゲイルも混じっていました。ボレルが、自分はいいから、追いかけろ、とゲイルに言ったのです。ヘリトンボを追いかける群衆の数は段々と増えていきました。ただ、わけも分からず騒ぎに加わっている者もいます。そうこうして、歓楽街の上空にさしかかった時でした。アコギ語で、「絶頂美人」と書かれた、毒々しい看板のかかる建物の屋上から、その近くを通過しようとした三匹のヘリトンボに激しい銃撃が浴びせかけられました。潜伏していた強盗団が、てっきり自分たちを捕まえにきた、と、勘違いしたのです。演舞場で指揮官が、ボディスリヤを連れ出す口実にしていた強盗団の存在は、あながちウソではなかったようです。ヘリトンボの兵隊たちもただちに応戦して、激しい銃撃戦となり、十人ほどいた強盗団の半数が、徹甲弾に倒されましたが、ヘリトンボの兵隊たちも、看板の近くを通過したヘリトンボの方で二人が倒されていました。さらに、ボディスリヤと指揮官の乗るヘリトンボでは、短銃で応戦していた指揮官のお腹に一発命中してしまいました。

「あわわ、や、やられた。い、痛い、痛い」

指揮官は血のにじみ出したお腹を抑えて、のたうち回りました。

「隊長、大丈夫ですか」

例の兵隊が応急用のチドメグサを取り出しましたが、指揮官はその手を振り払い、叫びました。

「馬鹿者。そんなもの効くか。うう、死にたくない。スリヤさま、お願いです。お助けください。なんでもします。言うことききます」

レンダールに抱かれたボディスリヤは、銃撃戦のすごさに興奮して泣きわめいています。レンダールは冷ややかな目で指揮官に言いました。

「いくらスリヤ様と言えども、外傷性の傷を治すのは容易ではありませんよ。大体、我々を拉致しておきながら、虫が良すぎると思いませんか、あなた」

「命令です。王様の命令に従ったのです。仕方がなかったのだ」

「では、その命令を無視して、我々を解放すると約束できますか」

「約束します、約束します」

「隊長、それでは反逆罪になりますよ」

例の兵隊が言いました。

「ええい、だ、黙れ」

そう、苦しげに言った指揮官の口から、たくさんの血が吐き出されて、その前にいたレンダールとボディスリヤは、まともにその血を浴びてしまいました。びっくりしたボディスリヤは、ほとんど反射的に、ヒーラのポーズを取り、

「スリヤーーー」

と長く響くような声をあげました。その時です。ヘリトンボのお尻のあたりから、じわじわと這い登って、右側の出入口の縁に手をかけていたスリヤは、ボディスリヤが声をあげたのと同時に激しいめまいに襲われ、一瞬気を失いました。しかし、どうにか、右手がヘリトンボの鎧の金具をつかまえて、左の片腕一本でぶら下がるような形になりました。追いかけていたババンたちにも、その様子が見えていました。ヘリトンボの行く手には、小さな溜池が見えています。それに気づいたババンが叫びました。

「スリヤ! 池に飛び降りるんだよ」

マーヤンも、パーヤンも、ゲイルも叫びましたが、低空飛行とはいえ、かなりの高度なので、スリヤの耳には届きません。

ヘリトンボの中では、ボディスリヤのヒーラがみるみる効果を表して、指揮官のお腹からの出血が止まっていました。

「おお、なんということだ・・・」

指揮官が呆然と自分のお腹の辺りを見つめていました。他の兵隊たちも唖然としています。

「ほんとだったんだ。スリヤ様の力は・・・」

その時でした。突風で、ヘリトンボが大きく揺れ、ボディスリヤが転んで、出入り口まで飛ばされてしまいました。そのまま空中へ放り出されようとした瞬間、スリヤの右手がボディスリヤの左足をつかんでいました。しかし、スリヤの左手一本で、ヘリトンボの縁にぶら下がっている状態に変わりはありません。例の兵隊が慌てて手を伸ばして、スリヤの左手首をつかまえました。

「ありがとう」

スリヤは、右手でつかんでいたボディスリヤの左足を引き上げて、ヘリトンボの中に入れようとしました。しかし、その時、再び突風が襲いかかり、ヘリトンボが大きく揺れた衝撃で、スリヤの左手はヘリトンボの縁を離してしまいました。スリヤの左手をつかんでいた兵隊も手を滑らせてしまい、なすすべはありません。スリヤはボディスリヤの左足をつかんだまま、空中に放り出され、墜落していきました。その光景を見ていた群衆からは、幾つもの悲鳴が上がりました。そこは王宮に目と鼻の先の樹林帯で、眼前に黒々とした感じの樹冠が迫る中の、ほんの一瞬でしたが、スリヤは三輪車で工事現場の黒い穴につっこんだ時のことを思い出していました。

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