第17話

やや薄暗くなった森の街道を、今でいう車椅子に似た手押し車を押すスリヤを中心として、前にゲイルとマーヤン、背後をパーヤンが固める態勢で、油断なく辺りに気を配りながら、早足で進んでいきます。ゲイルの帽子には、輝く羽根を広げたフィアリが乗っていました。飛べないフィアリでしたが、羽根は、あの発光芋虫マブシルバーの吐き出す、光糸で編まれていたので、夜にはランタン代わりになるのです。一行が急ぐのは、めざすグレルンという町で開かれるヤスリ祭りの初日が間近に迫っているからでした。手押し車に座っているのは、ボレルという名前の丸々と太った中年男で、ゲイルの父親でした。数か月前に急に倒れて、左半身をまともに動かせなくなったのですが、知り合いに連れていかれたスリヤ教の集会で、症状が改善したというので、それ以来信者のひとりとなっていました。ゲイル自身は、お祈りでからだが良くなったという父親の言葉に半信半疑でしたが、スリヤ教の集会がありそうだ、という、ボレルの知り合いの手紙が届いて、ともかく、父親の具合が良くなることなら、どんなことでも協力するつもりだったので、手押し車に乗せてでも連れて行こうと考えていました。ただ、森の街道には、盗賊が出没するので、ゲイルの母親は、父親を連れて出ることには大反対でしたし、ゲイルは、重い父親をひとりで運ぶ自信もなかったので、スリヤたちがいっしょに行ってくれることになったのは、大変好都合だったのです。


ヤスリ祭りは、刃物や陶器を扱う行商人が集まって、月に1回程度、農村地帯の比較的大きな地方都市で開かれる、蚤の市のような催しで、客寄せにサーカスや演劇、見世物小屋などが開かれるので、都会と違って、娯楽の少ないアコギ国の農民たちにとっては、この上ない楽しみのひとつになっていました。それが、スリヤ教の信者の拡大に伴って、「ヤスリ」と「スリヤ」の語呂合わせもあって、次第に、信者たちの秘密集会のカモフラージュに利用されるようになった、と、ゲイルはスリヤたちに説明してくれました。

「とはいっても、スリヤ様が来られることは誰もが、知っている公然の秘密なんだよ。でも、スリヤ様は捕まらない。あの方には、奇跡の力がおありになるからね」

ボレルが得意気に言いました。前を歩いていたゲイルが、振り返って、言いました。

「奇跡じゃないって、父さん。グルヤナイの軍隊にスリヤ教の信者がいるから、情報はダダ漏れなの」

「それだって、スリヤ様のお力なんだよ」

「まあ、そう言われたら、なんだってスリヤ様の力だわね、確かに」

「ソウソウ、ナンダッテ、スリヤサマノオチカラ、ダダモレネ」

ゲイルの頭の上でフィアリが言いました。ゲイルが呆れ顔で言いました。

「フィアリ、ダダモレは余計。アリス、父さん押すの、そろそろ変わるよ」

「大丈夫よ。あたし、全然疲れてないから」

スリヤが応えました。事実少しも疲れていません。人形なのに、どこからこの力が湧いてくるのか、スリヤには、さっぱりわかりませんが、事実は事実なのです。ゲイルの隣を歩く、マーヤンが言いました。

「ホント、大丈夫よ。この子の馬鹿力は昔から有名だったからね。男の子に混じっても、喧嘩で負けたことなかったもんね」

まさか自分の娘だとは言えないので、スリヤとマーヤンはいとこ同士ということにしてありました。幼稚園に行ってた時のこと言ってるんだわ・・・スリヤはマーヤンの軽口を聞きながら、そう思っていましたが、口にはしませんでした。その時です。ゲイルが、みんなを手で制して言いました。

「待って。誰か、倒れている」

フィアリの輝く羽根が照らし出した、行く手の路上に3人ほどの人影が横たわっているようです。

「まずいなあ、こりゃ。誰か、もの盗りにやられたんだな」

ボレルが言いました。

「あたし、見てくるから」

とマーヤンが駆け出そうとしましたが、パーヤンがその肩を押えました。

「待て。その前にちょっと、確かめておこう」

いつも使う工具袋とは別に、肩ベルトからつるした袋から、クサレタマゴの実を取り出しました。形が卵に似ているので、その名がついたのですが、つる植物の一種で、熟した実が割れると、汚物の腐臭に似た、とんでもない臭いが飛散して、それを嗅いだ人間は、居てもたってもいられなくなるという代物です。マーヤンはびっくりして、パーヤンから離れました。

「あんた、まだ、そんなもの持ってるの?」

「たまに役に立つこともあるだろうと思ってさ。みんな、ちょっと、臭うから、鼻を押えてて」

パーヤンが大きく振りかぶって、クサレタマゴを倒れている人影をめがけて、投げつけました。グチャッという感じの、くぐもった音がして、その直後です。悲鳴とともに、3人の人影が一斉に立ちあがりました。

「うわ、臭ええ」

「なんだ、こりゃあ」

パーヤンが得意気にマーヤンに言いました。

「ほらね、インチキだろ」

「そんなこと自慢してる場合じゃないわよ、ダンナさま」

マーヤンがベルトからナイフを抜きました。盗賊たちが大きな蛮刀を振り上げながら、近づいてきます。

「この野郎、ただじゃすまねえぞ」

パーヤンも慌ててナイフを抜きました。

「うへえ、ゴツイ刀持ってるぞ。逃げようか」

マーヤンが鼻をつまみながら、言いました。

「ダメ、あんたはゲイルとボレルさんを守って」

そのとき、背後でバキッという音がして、身の丈より大きい木を折って、即席で作ったこん棒を持ったスリヤが、マーヤンとパーヤンを押しのけるようにして、盗賊たちの前に立ちはだかりました。

「くさいの、止まれ!」

スリヤが叫びました。盗賊たちがびっくりして止まりました。

「臭いのは、てめえらのせいだろうが。有り金出して、失せやがれ。そうしたら許してやる」

「それはアタイのセリフだわ」

「なんだ、おまえは。女のくせにデカいな」

「何よ、女のくせにとは!」

ブーンとスリヤはこん棒を振り回しました。枝についた、たくさんの葉の勢いで、砂塵が巻きあがり、盗賊たちを包みこんでしまうほどです。それでも、盗賊たちは、咳きこみながら、蛮刀を振り回してスリヤに襲いかかろうとしました。しかし、一人目は、スリヤが水平に振るったこん棒を蛮刀で受け止めようとしたものの、小枝を二、三本払っただけで、太い幹を胴体に喰らって、はじき飛ばされました。二人目は、スリヤの姿勢が崩れた隙をついて、まっすぐに蛮刀を突いてきましたが、すばやくスリヤが構えたこん棒にズブッと突き刺さってしまい、それをスリヤが二度三度振り回した勢いで放り投げられて、近くの巨木に衝突して、のびてしまいました。三人目は、スリヤの怪力に恐れをなして、蛮刀を投げ捨て、背中を見せたので、スリヤが一瞬、気をゆるめた次の瞬間でした。素早く振り返った盗賊の右手には単発拳銃が握られていました。

「これでも喰らえ」

銃声と共にスリヤのからだが揺れ動きました。左胸に命中したのです。しかし、スリヤは黒ずんで、少し焦げくさい臭いのする左胸をちらっと見てから、盗賊をにらみつけました。

「喰らったわよ。それでどうする気」

盗賊は表情を変えないスリヤにびっくりして、

「な、なんだ、おまえは。バ、バケモノ」

と叫びながら、単発拳銃を放りだして、逃げていきました。

「なによ。アタイはバケモノじゃないわ」

スリヤは、こん棒を放りだしながら、言いました。呆気にとられていたボレルが小躍りするように叫びました。

「おお、ありがたや、ありがたや。これもスリヤ様のお導きに間違いない」

その傍らにいたゲイルは、しかし、少し表情をこわばらせて、スリヤに言いました。

「あんた、人形だったの・・・」

ゲイルの肩に乗っていたフィアリがすかさず言いました。

「ソウ、ズット前カラ」

「フィアリ、知ってたの、あんた」

「ウン。ダッテ、マンプクノニオイ、シテタモン」

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