第14話

紙切れに書いてあったように、閉店後に「フンダリケッタリ」の裏口に訪れると、ババンはあたりに見まわしながら、4人に急いで中に入るようにと言いました。

マーヤンは、自分たちが雇われて、盗まれた人形を奪い返しに行った先で、人形になってしまったスリヤと再会し、その後、雇い主のお城で危うく実験台にされかかったこと、スリヤのからだが行方不明になっていることをババンに話しました。マーヤンの話を聞きながら、ババンは何か得心がいったような顔つきで、何度も頷いていました。厨房の後片付けを手伝いながら、

「スリヤのことで、目をつけられてるんだよ、あたしは」

マーヤンとパーヤンには、久しぶりの温かい食事を、スリヤとアララには、マンプクの入った香料ポッドを出しながら、ババンが言いました。

「えー、アタイたちのこと、そんなに有名になっちゃってるの?!」

スリヤが大声をあげました。

「それが違うんだよ。あたしの言ってるスリヤはね、『スリヤさま』のことなんだよ」

「スリヤさま!?」

今度は4人全員が大声をあげました。『スリヤさま』は隣国のアコギ王国で、最近、勢力を伸ばし始めている新興宗教の教祖の名前だったのです。

ババンは、お客の残りものの生ぬるいビールを飲みながら、話し始めました。

「あたしがルシールからこの店を譲ってもらってから、来るお客の話題の中心にスリヤの名前があった時はびっくりしてね。なんで、孫娘の名前がこんなところで有名になってるんだろうと思ったものだから、隣国と行き来してる行商人とか、いろんな人に聞きまわったんだよ。その人たちの話をまとめてみると、スリヤ様というのは、まだ小さな女の子で、奇跡を起こす力が備わっている救世主なんだそうよ」

「じゃ、逃げたアタイのからだが」

スリヤは、隣のアララが香料ポッドを嗅いで、すっかり、うっとりした表情を浮かべているのを横目でみながら、自分の前にある香料ポッドをどうしようかと弄びながら言いました。

「多分、そうだろうね。おかげであたしは警察に目をつけられちまうし。スリヤ、あんたはマンプクを嗅がないのかい」

「だって、アタイは」

「人形の魂は、マンプク抜きじゃ長持ちしないそうよ」

「ええ!?」

スリヤはびっくりして、大急ぎで香料ポッドに鼻をつけて深呼吸しました。いきなり大量のマンプクを吸い込んだせいで、頭がくらくらしたスリヤはしばらく横になっていることにしました。パーヤンと二人で椅子を寝台がわりに並べて、スリヤの大きな図体を寝かせると、マーヤンはぐったりと座り込んで言いました。

「どうすればいいんだろう。この子をこのままにしておきたくないし。でも、あたしたちはお尋ね者になっちゃって・・・もう、さっぱり、わけがわかんないわ」

パーヤンもマーヤンの隣に座り直していいました。

「だよな。俺たち、いつのまにか泥棒になってるんだもんな。でも、鍵なんか、簡単に開けられるんだから、ひょっとすると記憶が抜けちまっただけかもな」

「元の世界じゃ、泥棒じゃなかったよ、あんたたちは」

「ほら、アタイの言った通り」

横たわったまま、スリヤがつぶやきました。再会したマーヤンとパーヤンに、何度か元の世界のことを話したのですが、なかなか信じてもらえなかったのです。

「じゃあ、俺たちは」

「泥棒じゃなかったけど、似たり寄ったりのチンピラ夫婦さね。この世界にいるのは、まともにスリヤを育てなかった罰だよ、きっと」

マーヤンが頬をふくらませて、ババンに言いました。

「あんたに言われたくないね。大体、あたしがこんなになったのも、元はといえば」

「仕方がないだろ。水商売を始めたのは、あんたを養うため」

「よくいうよ。実の娘の前で、一体何人の男とつるんだんだ」

「やめてよ、もう、ウンザリ」

吐き捨てるように言ったスリヤが、悲しげにつぶやきました。

「どうしたら、元に戻れるの」

ババンがスリヤを見つめて言いました。

「あたしにもわからない。でも、ふたつの記憶があるのは確かなんだ。あんたたちも気づいただろ。この店は元の世界にあった店とほとんど違いはないんだ。ひょっとすると、実は何も変わってなくて、ただ、あたしの頭が変になっただけかもしれない、と思うときもあるのさ」


翌朝、ババンの店を手伝うことにしたアララを残し、スリヤたち親子3人は、国境へ向かいました。どうにかして『スリヤ様』に直接会うことにしたのです。

しかし、国境の検問は厳しいので、山越えをするほかはありません。ババンはセージに案内を頼みました。時々密輸品を運ぶ手伝いをしていたセージは、比較的安全な山越えのルートを知っていたからです。国境はボーダー川に沿っていて、上流へ行けば、監視兵の目を盗んで渡れる浅瀬もある、とセージは言いました。

「俺がアコギ国へ行ったのは、ひと月くらい前だったけど、その時もスリヤ様の噂でもちきりだったなあ」

谷沿いにくねくねと続く道を、セージを先頭にした一行は歩いていました。怪しまれないよう、一見、山の猟師風のいでたちをしたスリヤはセージと並んで歩きながら、聞きました。

「どんな噂?」

「死人を生き返らせたとか、病人が治ったとかいう話が多かったよ。また聞きだけど、スリヤ様がさ、死人の前で、スリヤーって叫んで、息を吸うと、とたんに生き返るんだって」

「アタイにそんな力はないわ」

「でも、今は人形になってるんだろ。なんだか、すごいな」

「あっちはあっち、こっちはこっち。アタイはスリヤさまじゃないよ。ただのスリヤ」

「スリヤがふたりなんて、なんだかややこしいわね。あんたはスリヤニって名前にしたら」

マーヤンがふざけ声で言いました。

「なんで、スリヤニなの」

「スリヤ2号で、スリヤニ」

「やーよ、そんなの」

スリヤが振り返って、マーヤンを小突きました。その時です。左右の草むらから、突然、単発銃を構えた武装歩兵の一団が現れて、たちまち4人を包囲してしまいました。待ち伏せです。武装兵の間から、ゴバン市の検問所で会ったヤブニラが姿を現しました。背後には、鎖につながれた、汚いなりの初老の男が武装兵にはさまれていました。ヤブニラがふところから手配書を取り出して、マーヤン、パーヤンを見比べて、

「はて、今日は見間違えようがないくらい、そっくりだな」

と言いました。その背後から、鎖につながれた男が叫びました。

「セージ、てめえって奴は!」

セージが顔をそむけるようにして、スリヤたちから離れようとした時、ヤブニラが小さな革袋を投げました。セージがあやうく受け取りました。

「約束の金だ。持ってけ」

ポカンとしたスリヤが言いました。

「どういうことなの、これ」

セージは革袋の中身をたしかめながら、応えました。

「ごめんよ。懸賞金が高いもんだからさあ」

マーヤンが、セージをにらみつけて言いました。

「この裏切りは高くつくわよ」

「ふん、盗っ人どもがデカイつらすんじゃねえよ」

スリヤが泣きそうな顔で言いました。

「ひどいわ。お友達になれると思ってたのに」

「おともだちだと!?人形のくせに」

セージは吐き捨てるように言うと、単発銃をかまえる武装歩兵たちを押しのけるようにして、元来た道を引き返していきます。それを見送っていたスリヤは、怒りで顔が赤くなり、握りしめた拳をぶるぶる震わせながら、言いました。

「人形のくせにとは、何よ! よくも言ったわね」

「スリヤ、落ち着きなさい。今は降参するしかないわ」

マーヤンが言いました。ヤブニラが頷きながら言いました。

「そうそう。抵抗しなければ、手荒な真似もしないんだから。両手をあげて、ひざまずくんだ」

マーヤンとパーヤンは、両手をあげ、ひざまづこうとしました。ところが、スリヤが大声で叫びました。

「ヤダー!」

スリヤの突進にびっくりして、あわてて武装歩兵が数人、引き金を引きました。鈍い衝撃がスリヤのからだを揺らしました。服の下に着た鎧に銃弾がめりこんだのです。しかし、スリヤの動きを止めることは出来ません。弾をこめなおそうとする武装歩兵の銃を奪い取ると、ナギナタのように振り回して、まとめて二人、三人と打ち倒してしまいました。唖然としているほかの兵士たちに、ヤブニラは、「何をしている、早く撃て」と叱咤しました。スリヤの背後からも、次々と銃声が上がり、何発かは命中しましたが、暴れまわるスリヤの動きは止まりません。二十人あまりいた武装歩兵の半数が、手足を折られ、鼻血を噴き出して、半死半生で、のたうちまわるに至って、残った兵士たちは、単発銃を放りだして、逃げ去っていきました。残されたのは鎖につながれた男と、ヤブニラだけでした。ヤブニラも逃げたかったのですが、恐くて腰が抜けてしまったのです。興奮して目のつりあがったスリヤは、ヤブニラに単発銃の銃身を振り上げながら、言いました。

「よくも言ったわね。人形のくせになんて」

ヤブニラは仰向けに上半身を起したままの姿勢で、後ずさりながら言いました。

「違う、違う。私は言ってません。死にたくない。助けて、殺さないで」

パーヤンが叫びました。

「スリヤ、やめるんだ。人殺しになってしまうぞ」

マーヤンも叫びました。

「やめなさい、スリヤ。人間は一度死んだら、生き返らないのよ」

しかし、怒りに駆られたスリヤは、ヤブニラの前に立って、銃身を持って大きく振りかぶりました。その時です。鎖につながれていた男が「ドタンバ」と叫びました。スリヤの動きがピタリと止まりました。

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