第13話

トレメダスは、マーヤンはもちろんのこと、閉じ込められていたスリヤやアララ、パーヤンを全員解放しました。それに加えて、いくばくかの旅費と変装用の衣類、トレメダスの持っていた木馬のパカパカと小型の馬車まで、おまけにつけてくれました。マーヤンが、グランドラのことは一切口外しないと、トレメダスと取引をしたのです。パカパカをもらったのは、マーヤン、パーヤンが乗っていたスットバシでは、図体の大きなスリヤまで乗せることが出来なかったので、マーヤンが自分たちのスットバシとの交換を提案した結果でした。


夜陰にまぎれ、パカパカを引くマーヤンを先頭にして、行商人のような身なりになったスリヤたちがグランドラ城の裏門から外に出ました。マルトクたちが見張っている場合も考えて、表街道より、山沿いの林道を選んだのです。ただし、暗い山道には、別の危険が待ち構えていました。狼の群れや狂暴な灰色熊です。マーヤン、パーヤン、スリヤは、代わる代わるパカパカを引いて、片手に短銃を構えながら、わずかなランタンの明かりでようやく浮かび上がる道すじを辿っていきました。夜明けが来るまで歩きとおしましたが、幸い野獣に襲われることはありませんでした。ひょっとすると、スリヤの鎧に残されていたイヌワニの匂いに恐れをなしたのかもしれません。


マルトクたちの支配地域からは、かなり離れた場所になって、ようやくスリヤたちは、パカパカに引かせた馬車に全員で乗りこみ、表街道を南に向かいました。アララが、ゴバン市にいる元の持ち主なら、しばらくかくまってくれるかもしれない、と言ったからです。ゴバン市は隣国との境に位置しているため、密貿易で一攫千金をねらうような連中が多くいて、治安は良くありませんが、おたずねものの隠れ家には都合の良い場所が多くありました。ただ、問題は検問所でした。通行証はパリラを取り返す仕事を頼まれた時に、グランドラからもらっていましたが、人形用の鑑札も必要でした。半世紀ほど前に、隣国との激しい領土戦争の時、人形を兵士に仕立てた、文字通りの代理戦争の結果、かえって多くの死者が出てしまったことの反省から、誰もが無制限に人形を所持することが禁じられていたからです。トレメダスは仕事柄、何枚もの鑑札を持っていたので、アララの分は用意してもらえましたが、スリヤの分がありませんでした。肌ゴムを人形の素材に利用することは違法行為だったからです。仕方なく、スリヤには、検問所を通る時は眠っていてもらうことにしました。眠り病を患った病人ということにしたのです。


ゴバン市には、東西南北に4箇所の検問所があって、一行は北門から入りました。犯罪者の侵入を防ぐという名目で、検問には時間がかかっていました。しかし、実際には、担当の係員が賄賂を要求するために、通行証が怪しいだの、持ち物検査で不審物がみつかっただの、と、わざわざ時間をかけていたのが原因でした。残念ながら、スリヤたちの一行には、賄賂に使えるような、お金の持ち合わせはなかったので、余計なケチをつけられないよう、祈るほかはありませんでした。

麦わら帽を目深にかぶったマーヤンとパーヤンが御者席に並び、荷台に横たわるスリヤと荷物、それにアララを乗せた馬車でヤブニラ検問所のゲートに来たものの、1時間以上待たされ、ようやく順番が回ってきました。カウンターをはさんで、椅子にふんぞりかえる、ヤブニラという名の太った係官は一見とぼけたような顔つきをしていましたが、抜け目のなさそうな目つきをしていました。3人の通行証とアララ、それに人形馬パカパカの鑑札をひとあたり見たは、スリヤが眠り病だという説明を聞いたあと、机の引き出しから葉巻を1本取り出して火をつけ、ゆっくりと一服して、パーヤンに聞きました。

「眠り病ということだが、いつから眠ったままなのかね」

「一か月以上だと思います」

「起こすことは出来ないのかね?」

「それが出来れば、病気じゃないので」

「ま、そりゃ、そうだな」

ヤブニラはそういうと、椅子から立ち上がり、馬車のそばへ来ると、また葉巻を一服して、いきなりスリヤの顔へ煙を吹きかけました。少し間があって、スリヤが激しく咳きこみました。

「何するんです。病人なのよ」

マーヤンが叫びました。

「ああ、すまん、すまん。生きてるかどうか、確かめたかったのでね。ま、死人や人形じゃあなさそうだ」

「じゃあ、もう、行っていいですか」

「ああ、構わんよ。お大事に」

ヤブニラパーヤンとマーヤンはホッとして、馬車に乗りこみました。スリヤの新しいからだには、トレメダスが精巧な鼻と口を内側まで加工していたので、胸部に仕込んだ革袋を押して、息をしているように見せることもできたのです。しかし、デスクへ戻ったが、置いてあった書類を見て、言いました。

「ちょっと、待ってくれ」

パーヤンはドキッとしながら、パカパカの手綱を引きました。

「盗賊の手配書が来ているんだ。念のためにちょっと、その帽子を取ってくれるかね。顔を確かめたいので」

ヤブニラヤブニラが見せた手配書には、マーヤンとパーヤンの精巧な似顔絵が載っていました。マルトクに捕えられたとき、メモリーバで転写されていたのでしょう。行く手は、いつのまにか、武装したの部下がふさいでいます。パーヤンはマーヤンを見ました。マーヤンは、仕方ないといった様子で頷きました。二人は帽子を取りました。しかし、そこには、本来のパーヤンとマーヤンとは似てもにつかない顔がありました。トレメダスが、スリヤの顔の補修用にと渡してくれた肌ゴムで、二人は入念な変装をしていたのです。


ようやく検問所のゲートを通過した一行は、アララの案内で、国境沿いに広がる交易街へ急ぎました。通りは混雑していて、異様な熱気に包まれています。誰もが貪欲な目つきを隠さず、隙あらば相手を出しぬいてやろうとねらっている様子でした。パカパカを操るパーヤンとマーヤンはたびたび呼び止められました。飼葉も水もいらないパカパカを誰もが欲しがったからです。馬五頭と交換だ、とか、金貨を10枚出すなど、気前の良い話ばかりでしたが、マーヤンがすべて断りました。寝首をかかれるのは目に見えていたからです。それに加えて、荷台に置かれた物をかすめ取ろうとした若者を、眠ったふりをしていたスリヤが撃退したり、酔っ払いの乱闘に巻き込まれたりといった騒ぎもあって、昼過ぎに検問所を通ったのに、目的地である交易街についたのは、夕方近くになっていました。しかし、アララに見え覚えがあるという飲食街に、「フンダリケッタリ」という、アララの居た店の名前はありませんでした。さて、どうしようか、と一行が途方にくれていたところへ、たまたま通りかかった水売りの少年が、アララの顔を見て声をかけてきました。

「アララじゃないか」

「え・・・あら、あんた、セージね」

アララが嬉しそうに応えました。セージと呼ばれた少年は、大柄でやせていましたが、浅黒い顔に満面の笑みを浮かべていました。

「ルシールさんに売り飛ばされたときは、もう会えないなと思ってたのに。帰ってきたんだ」

「この人たちに助けてもらってさ。でも、『フンダリケッタリ』が見つからなくて」

「ルシールさんはもういないよ。また、カードばくちに手を出して、知り合いに店を売っちゃったんだ」

「え!?」

アララと一緒にマーヤン、パーヤンも声を上げました。

「困ったわね。どうする?」

マーヤンがパーヤンに言いました。

「俺に聞かれたって、どうにもならねえよ」

「わかってるわよ、そんなこと」

「ひょっとすると、今のお店の持ち主が、ルシールさんの居所、知ってるかもしれないよ」

セージが指さしたのは、アララが、この辺りと言った場所にあった『アトノマツリ』という名前の店でした。


10人も入ったら満席というのカウンター席に 向かい掛けのボックス席が二つばかりという店内は、まだ始まったばかりのはずですが、ほとんどの席がごつい顔つきの荒くれ男たちに占領されていました。マーヤンを先頭に入ってきた一行ですが、マーヤンとパーヤンは顔を見合わせて、首をひねっていました。

「どっかで見たことない? この店」

「ううん、なんだか、そう言われれば、そんな気も・・・」

カウンターの中で、忙しげな背中を見せていた店主とおぼしき女性に、マーヤンが声をかけました。

「あのう」

振り返った女性の顔を見て、マーヤンとパーヤンはびっくりしました。スリヤは大声でおばあちゃんの愛称、「ババン」を叫びそうになりましたが、マーヤンがその口をふさいでいました。ババンが、マーヤンの顔を見たとたん、わずかに首を横に振る仕草をみせたのを、見逃さなかったのです。何か事情があるのでしょう。ババンは、マーヤンのそばへ来ると、ふつうのお客に接するような態度で、空席がないのでと断りながら、小さな紙切れをマーヤンに押しつけていました。

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