第11話

横たわっていたスリヤの目がそろりと動き、あたりの様子を見まわしました。ずっと動けないふりをしてチャンスをうかがっていたのです。しかし、番兵がドアのそばと変換機のそばに立っているので、じっとしているほかはありません。その時、ドアの外で何かが倒れるような大きな音がしました。驚いた番兵たちが外に飛び出しました。スリヤは起き上がり、急いでマーヤンを縛っているロープをほどこうとしましたが、とてもきつくて、びくともしません。マーヤンは猿ぐつわのまま、うなりながら、スリヤを見ました。

「どうすればいいの、マーヤン」

マーヤンはさらに頭を振って、何かを伝えようとしています。


城門の前では、激しさを増す雷鳴と降りしきる雨の中で、マルトクが率いてきた武装警官たちと、城の番兵たちがにらみあっていました。そこへトレメダスが現れて、言いました。

「こんな夜更けに何事ですか」

パカパカと呼ばれる軍用木馬に乗った、雨合羽姿のマルトクがトレメダスを見降ろして言いました(木馬といっても、生身の馬と同じように動きますし、何より飼葉を与える必要がないので、資産家や権力者は人形師に、生きた馬の何倍にもなる高額の謝礼を払って、パカパカを作らせるのだそうです)。

「スットバシの足跡をたどってきたら、お宅の前で消えていた。どうやら、盗賊どもがお宅の城内に潜んでいる疑いがあるのでね。少しばかり家探しをさせてほしいんだが」

「残念ながら、この城に盗賊が潜むような場所はありません。そんな輩はうちの兵士が見逃しませんよ」


スリヤはマーヤンのからだにどうにかよじ登って、ヘルメットからコイルを抜こうとしましたが、これもしっかりと固定されていて、どうにもなりません。マーヤンは変換機の方へ行くようにと首を振りました。


一方、部屋の外では、番兵二人が倒れた甲冑の前で首をひねっていました。

「勝手に倒れるはずはない。誰かいるはずだ」

「ネズミかもしれん。まあ、ひととおりは調べたんだ。とりあえず持ち場に戻った方がいいぜ」

番兵二人は部屋の中へ戻ろうとしました。その時、人形の木型を置いた部屋の方からまた物音がしました。番兵たちはハッと立ち止りました。


スリヤは変換機のそばで悪戦苦闘していました。スリヤの力では、コイルを留めているバネ式のレバーをなかなか外せないのです。それでも、棚の引き出しから見つけた釘抜きをテコがわりにして、ようやくレバーを外すことが出来たので、急いでコイルを引きぬこうとしたのです。その時です、ドシンと部屋全体が大揺れするような激しい轟音とともに、一瞬、目のくらむような電撃が襲いました。


気がついてみると、スリヤの全身は黒ずんで、わずかながら煙さえ立ちのぼっていました。手にしていた釘抜きは異様にねじれて、変換機から雷の莫大なエネルギーが釘抜きを通じてスリヤに伝わってしまったことを示していました。もう魂の気配すらしません。マーヤンは涙をあふれさせ、猿ぐつわのまま、声にならない絶叫をあげていました。パーヤンも目をさましていました。そこへ、番兵たちが、言葉を交わしながら、つかまえたアララを連れて戻ってきました。

「人形に混ざっていたから、あの雷がなかったら、気がつかなかったぜ」

番兵の片手につかまれていたアララは観念したように、視線を落としていましたが、スリヤの変わり果てた姿を見つけて、叫びました。

「スリヤ!」

番兵たちもびっくりしました。

「何でこんなことに。トレメダス様が見たら、俺たちゃ、どうされるかわからないぜ」

その時です。マーヤンの隣で、うなだれたような姿勢で座っていた、もう一方の女性型人形の頭が持ち上がりました。戸惑ったような顔で、マーヤンに言いました。

「私、どうしちゃったの。マーヤン」

「あ、あんた・・・」

マーヤンが呆然と見つめる様子に、スリヤは、やっと自分のからだが変わっていることに気づいたようです。大きな手足、膨らみのある胸・・・・変換機は、スリヤの魂を、この女性型人形に移し替えてしまったのです。

「なんなの、これ。どうしよう、マーヤン」

マーヤンは顔をくしゃくしゃにして、喜びました。パーヤンもほっとしたように、スリヤの名前を呼びました。

「良かったあ。魂は無事だったんだね」

スリヤはかぶっていたヘルメットをむしり取ると、自分の様子を確かめようと立ち上がりました。

番兵たちが慌てて、持っていた単発銃を構えました。

「ま、待て。勝手に動くんじゃない」

スリヤは番兵たちをにらみつけました。目の位置が同じなので、ちっともこわくありません。

「アララを離して!」

番兵のひとりがもうひとりに言いました。

「おい、ジュモンを使え」

番兵たちが「ドタンバ」と言った瞬間、同時に、スリヤとアララが「ドドンパ」と叫びました。

スリヤたちは止まりませんでした。びっくりした番兵たちは、さらに「ドタンバ」と叫びましたが、スリヤは「ドドンパ」と歌うように叫びつづけながら、番兵たちに突進しました。番兵たちは慌てて発砲しましたが、銃弾はスリヤの新しいからだの脇腹をかすめただけで、スリヤは一撃で番兵たちを眠らせてしまいました。さらに、パーヤンやマーヤンを自由にして、倒れた番兵たちの下敷きになっていたアララを救いだしました。アララがニヤリとして、スリヤに言いました。

「あんたの言ったとおりね」

マーヤンはわけがわからず、スリヤに聞きました。

「言ったとおりって、一体のさっきのドドンバというのは、なんなの」

スリヤは倒れている番兵の服を脱がせながら、答えました。

「ジュモンをきかなくするジュモン」

パーヤンがスリヤを手伝いながら言いました。

「ああ、ジュモン封じというわけか」

「人形を止めるジュモンは、人形が聞こえなければ、効かないんじゃないか、と思ったの。それをアララと試してみたの」

「じゃあ、わざとつかまったのか」

「だって、逃げようがなかったんだもん」

「ところでそいつの服を脱がせてどうする気だ」

「着るの。このままじゃカッコ悪いもん」

でも、実際、腕を通してみると、ピチピチで、ボタンがはめられません。

マーヤンは、奪った単発銃に弾をこめながら、言いました。

「もう服のことなんか、後回し。逃げるのよ」

「やだよ。こんな格好で」

「あんたの今のからだに合うドレスなんて、簡単に手に入らないわよ。さあ、早く」

渋々スリヤは後に続こうとしました。その時、スリヤの肩に乗ったアララが言いました。

「そうだ。いいものがあるわ」


雷は去って、夜空はおだやかになっていましたが、城門ではにらみ合いが続いていました。トレメダスは腕を組んで、マルトクをにらみつけました。

「何度も申し上げた通り、捜索令状もなしに、城内に入ることは許されませんぞ」

「だから、令状を待っているうちに盗賊が逃げてしまったら、どうする。ご協力願いたい」

「お帰りなされ」

トレメダスは背を向けました。マルトクは、ツバを吐き捨てるように言いました。

「仕方ないな。逃亡ほう助罪で逮捕する」

「何をバカな」

振り返ったトレメダスが言いました。

「私には逮捕権が与えられている。現行犯逮捕に令状は必要ない。動くな」

しかし、トレメダスのまわりを兵士が取り囲むようにして守り、単発銃の劇鉄を引き上げました。マルトクの部下たちも、連発銃の安全装置を外しました。そのとき、ナイトガウンを羽織ったグランドラが現れました。

「一体何事です。このありさまは」

マルトクはパカパカから降りて、深々と頭を下げました。

「グランドラ様、お久しぶりです。相変わらずのお美しさで」

「盗賊を追っていると聞きましたが、うちにはいませんよ、そんな輩は」

「いやいや、広い城内です。盗賊が潜む場所はゴマンとあるでしょう」

「夜には、よく調教されたイヌワニを放してあります。城に住むもの以外には容赦なく嚙みつくでしょうね」

「イヌワニが・・・・」

グランドラの声に反応したかのように、猛獣のうなり声のようなものが、城の奥から、聞こえてきました。


目前には、よだれをしたたらせた、何重にも並んだ牙が迫っています。それを迎え撃つ姿勢で、甲冑を着たスリヤが鋭い目つきで、にらみ返していました。アララの言ったとおり、廊下にあった甲冑の大きさがスリヤの新しいからだにピッタリだったのです。城の裏手に広がり森へ逃げ込もうとしていたスリヤたちは、城と森を隔てている空堀の中で、五頭のイヌワニたちに取り囲まれていました。その名のとおり、ワニのような長いアゴに獰猛な牙を生やし、犬のように俊敏な足を備えた猛獣です。

じわじわと近寄ってくるイヌワニたちの牙に、単発銃を構えていたマーヤンは、たまらず引き金を引こうとしました。

「待て、撃つな。ここにいるのがバレるぞ」

同じように単発銃を構えていたパーヤンが小声で叫びました。

「食われるまで待てって言うの。冗談じゃないわ」

「まだ、待て。これを試してみる」

腰に下げた道具袋から、パーヤンは干し肉のかたまりを取り出しました。番犬を手なづけるため、いつも持ち歩いているのです。

「貸して。アタイがやる」

肩に乗っていたアララをパーヤンに渡し、代わりに干し肉を受け取ったスリヤは、イヌワニたちの気を引きつけようと、干し肉のかたまりを持った右手を、左右に動かしながら言いました。

「ほーらほーら、おいしいお肉があるわよ。欲しいでしょ」

「バカ、早く投げるんだ、スリヤ」

パーヤンが叫びましたが、それよりも早く、イヌワニの一頭がスリヤに襲いかかっていました。その瞬間、スリヤは反射的に右肘で防御姿勢を取りながら、ひざ蹴りを繰り出していました。グキッと、鈍い音がして、血しぶきがあがり、大きな牙を数本、まとめて吹き飛ばしながら、スリヤを襲ったイヌワニは、バッタリと倒れました。すると、獰猛な目つきで迫っていた、ほかのイヌワニたちは、一転しておじけづき、クーン、クーン、と、か弱い鳴き声を発しながら、逃げ去っていきました。

「なんだ、意気地のねえやつらだ」

パーヤンはポカンと見送りました。その肩に乗っていたアララはスリヤに言いました。

「それにしても、あんた、めちゃ強いわ。どこでそんな拳法習ったの」

「わからない。自然と動いてるだけなんだけど」

「さ、愚図愚図してないで、行くわよ」

マーヤンがみんなを急かしました。空堀の壁は身の丈の三倍以上ありましたが、泥棒稼業のパーヤン、マーヤンにはたやすいもので、怪力スリヤの助けがなくても、かぎ針のついた投げ縄で難なく登りきりました。

森の中へは踏みわけ道があって、藪をかきわける手間もなく、逃げこめる・・・と、思ったのも束の間でした。踏み込んだとたん、スリヤたちは地面にめり込んでしまいました。害獣よけの落とし穴が掘ってあったのです。逃げる間もなく、大勢の兵隊に取り囲まれたスリヤたちは、もう降参するしかありませんでした。

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