第10話

地下に続く薄暗い階段を、パーヤンとマーヤンは忍び足で降りて行きました。マーヤンがヒソヒソ声で言いました。

「なんであの時、すぐにとっちめなかったのよ」

「仕方ねえだろ。隠し事してる奴が、簡単に白状するわけないんだよ。しかも有名な人形師だぜ。俺たちの知らないジュモンを山ほど知ってるんだ。その場で消されたかもしれねえんだぜ」

パーヤンがヒソヒソ声で答えました。その声を不気味な雷鳴がかき消しました。


ケットバシの具合が悪くなったという口実で出発を延ばし、パーヤンとマーヤンは、スリヤ、アララといっしょにグランドラ城に泊まることにしました。その間に、スリヤの靴をどうしてトレメダスが隠していたのか、を、探り出そうというのです。ひょっとするとスリヤの肉体を隠しているかもしれない、とも、パーヤンとマーヤンは考えました。


「もし、スリヤのからだが見つかったとしても、俺たちには、スリヤの魂を元に戻すやり方はわからないんだぜ、どうするんだ」

「あの人形師になんとかさせるんだ。腕づくでね」

地下室への階段を下り立つと、扉の中から若い女性のクスクス笑いが聞こえてきました。

「何してやがる」

「お楽しみの最中かもね。今のうちにほかの部屋を探っちまおうよ」

マーヤンとパーヤンは忍び足で通り過ぎると、暗がりの中を奥へと進みました。雷鳴はだんだんと近くなっています。先に歩いていたパーヤンが、あっと立ち止りました。行く手に不気味な影が立ちはだかっていました。でも、よく見ると、甲冑の置物でした。

「クソ、驚かせやがって」

マーヤンが苦笑いを浮かべて言いました。

「自分で勝手に驚いてるだけだろ。さっさと前へ進んで」


客間では、パーヤンたちの帰りをスリヤとアララが待っていました。トレメダスの秘密を探るという計画を聞かされたとき、スリヤは、いっしょに行く、と言って、ききませんでしたが、人形のからだは当たると物音が出やすいというので、あきらめることにしました。グランドラが特別にあつらえさせたという、人形用のベッドが2台、パーヤンたちのベッドのそばに置かれて、それぞれにスリヤとアララは横たわっていました。スリヤが外を気にしながら言いました。

「雷だわ。ここに泊って良かった。こんな人形のからだじゃ、ひとたまりもないもん。でも、人間だっていっしょか」

「戻れるといいね。人間のからだに」

アララがポツリと言いました。

「そうなるといいんだけど。それより、元いた世界に戻りたい」

はっきりとはしませんが、スリヤには、ここではない別世界の記憶がうっすら残っていました。それをアララに話したのです。自動で点いたり消えたりする明り、動物でもないのに動く車、星までとどくような高い建物。

「面白そうね。その世界にも人形はいるの」

「いるけど、この世界みたいに自分で考えたり、動いたりはできないわ。考えることができるのは人間だけ。動物はエサを取るために動き回るの。エサを取らないと、死んじゃうもの」

「死んじゃうって?」

「動かなくなるの」

「ドタンバされたときみたいに」

「違う。一度死んだら、もう、二度と動けない」

「大変なのね、動物って。人形はエサがなくても、死なないもの」

「どうして、人形は考えたり、動けたりできるんだろ。人間でもないのに」

「知らないわ、そんなこと。考えてみたこともない」

「それに、どうして『ドタンバ』って言われたら、動けなくなるんだろ」

「・・・・」

「あ、ムウビイよ。ムウビイ」

「あんたはやっぱり人間なのね。わたしがいくらドタンバって言ったって、動けなくなることないもん」

「でも、人に言われたら、私だって動けなくなるのよ。変だわ。ねえ、ちょっと、試してみたいことあるんだけど」

そのとき、スリヤたちが気づかないうちに、音もなく部屋のドアが開きました。


地下には、階段の降り口から続く、廊下の両側に5つの扉があって、クスクス笑いの聞こえた、一番階段側以外の部屋をパーヤンとマーヤンは探っていきました。鍵がかかっていましたが、単純なものだったので、パーヤンは針金一本で簡単に外してしまいました。ドアをゆっくり開きながら、パーヤンが言いました。

「なんで、こんなに鍵開けるの上手なんだろ、俺」

「何よ、ガキみたいに。ほめて欲しいの?」

「違うよ。ホントに自分が上手な理由がわかんねえんだ。誰に教わったわけでもねえし。大体、いつから俺たち、ドロボーになったんだ」

「・・・よく覚えてないわ、私も。いつのまにかよ、多分。それより、中を調べなきゃ」

最初の部屋には、様々は大きさの丸太や角材が置かれていました。おそらく、人形の胴体や手足を作るのに使うのでしょう。二番目の部屋には、何個も水の入ったバケツがあって、その中にボロ布にくるんだ物が浸してありました。薄気味悪そうなものなのでパーヤンは手をつけるのを厭がりましたが、マーヤンが思いきって、中身を取り出してみたら、粘土でした。これも人形の顔や手を作る時に使うのでしょう。案の定、三番目の部屋には、人形の顔や手の元形となる、木型が置かれていました。さらに四番目の部屋には、両側の棚に薬瓶がびっしりと並んでいました。ところが五番目の部屋は、どうやっても開けることが出来ません。

「ここのカギは違う。絶対に何か隠しているな」

パーヤンはありったけの工具を出して、鍵そのものを外す作戦に出ました。

「でも、いつまでもこうしているわけにいかないし。簡単に開きそうもないじゃないの、それ」

マーヤンが周囲を油断なく見回しながら、言いました。パーヤンは必死に鍵の周囲に穴を開けたり、ナイフで切りつけてみたりしましたが、歯が立ちません。

「仕方ねえな。爆弾でドアを壊す」

パーヤンは火薬の入った袋を取り出しました。

「バカなこと言わないでよ。すぐに気づかれるじゃないの」

「雷が鳴ってる。わかりゃしねえよ」

パーヤンがドアのそばに火薬を仕込もうとすると、突然、ドアが静かに開きました。


そこは、実験室のような場所で、大小の鍋には、ぐつぐつと煮えたぎった血赤色の液体が入っており、透明な瓶の中には、ネズミやウサギと思える小動物の標本らしきものがいくつも並べられています。部屋の中央には、人間ひとりが横たわれるくらいの手術台のようなものがあって、そこに、スリヤがあおむけになって横たわっていました。入ってきたマーヤンとパーヤンは、思わずスリヤの名を叫びましたが、目には生気がなく、ジュモンで動けなくなっているようでした。そばには、実験用の白衣を着たトレメダスが立っていました。

「わざわざ来てもらってすまないね」

「俺たちが来るとわかってたんだな」

パーヤンは武器になりそうな大型のハンマーを握りしめて言いました。

「まあ、あの靴を見れば、そうなるだろうとね。まったく、君たちには感謝しているよ。パリラだけじゃなくて、スリヤの代わりに消えた人形まで奪い返してくれるとは」

「スリヤの代わりに?」

パーヤンとマーヤンが同時に言いました。トレメダスは、手術台に横たわるスリヤを見ながら言いました。

「雷鳴のすざまじい夜だった。私は稲妻のエネルギーを用いて、人間の魂を再生させる実験をしていたのだが、この城がぐらつくぐらいの大きな落雷で、気がついてみると、この人形の代わりに、人間の子供が横たわっていたのだ」

「それがスリヤだったのね」

マーヤンが言いました。

「ああ・・・というか、その子供は私の問いかけに対して、『スリヤ』としか答えなかったのだ。私の目を見ては、『スリヤ』としか言わなかったのだ。今考えてみたら、魂を返せ、と言っていたのかもしれない。その子供は人間といっても、知性のかけらもない、まるで猿のような生き物だったからね」

パーヤンが握りしめたハンマーを震わせながら言いました。

「その生き物をどうしたんだ」

「残念ながら、逃げられた」

「え」

「食事を与えている時に、油断してしまった。最初は暴れて逃げようとしていたが、そのうちおとなしくなったので、つなぐのをやめたのだ。だが、あれは計略だったのだ。知性のかけらもないというのは、間違っていたようだ」

「じゃあ、その子の居場所はわからないのね」

マーヤンは涙声になっていました。

「なんでこんなことになるのよう」

マーヤンは狂ったように、トレメダスにつかみかかろうとしましたが、いつのまにか背後から忍び寄った番兵たちに、パーヤンもマーヤンも捕まってしまいました。

「落ち着くんだ、諸君。問題は解決されるためにある」

トレメダスが自信たっぷりに言いました。

「今から行う実験ですべては明らかになるだろう」

トレメダスの命令で番兵たちは、パーヤンをそばの柱にくくりつけ、マーヤンを壁際に二つ並んだ椅子のひとつに座らせ、縛りつけて、口をきけないように猿ぐつわをしました。

「要は人間の魂そのものを人形に移すことが可能であれば、その逆も可能なのだ」

もうひとつの椅子には、番兵たちの運んできた、まだ魂の入っていない女性型の人形が座らされました。美しい顔立ちで、ほかの人形にはない、弾力のある素材が用いられていましたが、いざ、組み上げると、番兵たちより大柄になってしまったので、トレメダスは失敗作としてしまいこんでいたものです。人形のからだには、申し訳程度のボロ布が巻かれているようなありさまでした。

「やめろ! 俺の女房に何をする」

パーヤンが叫びました。

「見ての通りだよ」

トレメダスは、コイルでつながれたヘルメットのようなものをマーヤンとその隣の人形にかぶせました。

「変換機を使って、この人形に君の奥さんの魂を丸ごと移そうと思う。さらに、今は人形に収まっているスリヤの魂を奥さんに移す。これがうまくいくようならば」

「狂ってる!」

パーヤンが怒鳴りましたが、トレメダスの命令で、番兵がパーヤンを殴りつけると、気を失ってしまいました。トレメダスは、一見大きなトロフィーに見える変換機からコイルを引っ張って、二人のかぶるヘルメットに接続しました。

「さあ、これで準備は整った。あとは十分な量の雷があれば」

しかし、そこへ番兵がひとり飛び込んできました。

「トレメダス様、警察が来ています」

「なに」

「逃げた盗賊を捜していると言っています」

「うーむ、よりによって、こんな大事な時に。すぐに戻るから、おまえたち、見張っていろ」

トレメダスは番兵を二人残して、出て行きました。

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