第9話
結局、スリヤとパリラとアララだけが、マーヤンとパーヤンについて行くことになりました。スットバシというバッタに似た大型昆虫がマーヤンとパーヤンの乗り物でした。ピストンのように伸び縮みする後ろ足で、馬よりも早く走ることができますが、振動が大きいので油断しているとすぐに落ちてしまいます。そんなわけで、スリヤとパリラとアララは袋ごとパーヤンが背負って、道中を過ごすことになりました。袋に入れられる時、アララの靴が片方脱げてしまいましたが、暗がりを探している暇もなく、パーヤンはスットバシのお尻にムチをくらわせました。めざすのは、パリラの救出を頼んできたグランドラという大金持ちのお屋敷です。やっと、しがみつくようにしてまたがるマーヤンとパーヤン、そしてスリヤたちを乗せて、スットバシは月明かりだけがたよりの夜の街道をダダダッと走り続けました。
空が白みかけた頃、一行の前に姿を現したのは、ゆったりと波の打ち寄せる遠浅の海岸線と、その一角にそびえる白いお城のような建物でした。これは「サンゴ樹」と呼ばれる、巨大なテーブルサンゴの群体が地上に隆起した部分を人間の住みかにしたもので、この界隈では、グランドラ城と呼ばれる、有名な建物です。枝ぶりの良いサンゴにはさまれた高い城門の前に到着すると、赤い軍服の番兵が二人が門の中から現れ、パーヤンとマーヤンに敬礼をしました。
「御苦労さまでした。グランドラ様がお待ちかねです」
パーヤンは頷いて、大袋からスリヤたちを出してやりました。
「さあ、着いたぜ。お姫さまのみなさん」
「うわあ」
スリヤは初めて見るお城の様子に思わず大声をあげました。大きなお皿を何段も積み上げたような白い塔が何列も連なる、今まで見たこともないような建物でした。一行は番兵の案内で、迷路のような高い生垣の通路を進み、ひときわ大きな塔の入り口から中に入り、大広間に通されました。ここで、パリラが心得たように、先に立ちました。
「グランドラ様は、あちらに」
パリラの指さした方に、小部屋の入り口があって、そこから白いドレス姿の背の高い女性が侍女たちを伴って現れました。
「パリラ!」
その女性がパリラを呼ぶより先に、パリラは走り寄っていました。
「グランドラ様!」
グランドラは、パリラを抱き上げて、しっかりと抱きしめました。その風貌はパリラとよく似ていて、親子とも思えるほどでした。
「ああ、良かった。無事だったのね」
「もう、帰れないものと諦めていましたのに。ずっと、探していてくださったのですね」
「それはもう、四方八方手をつくして・・・でも、このドレス、どうしたの」
パーヤンが少し、バツが悪そうに、答えました。
「その、首のすげかえをやられてたんですが、逃げるのに精いっぱいでして」
グランドラはスリヤたちを訝しげに見ました。
「ああ。じゃあ、後で元に戻してもらいましょうね。誰か、トレメダスを呼んで」
侍女のひとりが、すぐにうなづくと小走りに去って行きました。グランドラは、パーヤンとマーヤンに言いました。
「とりあえずはゆっくり休んでくださいな。よくもまあ、パリラを取り戻していただけましたね。改めてお礼を言います。お約束のものはすぐに用意させますから」
パーヤンは少しもじもじしながら言いました。
「それが、その、出来れば、すぐに出発したいんですがね」
「すぐに? 何か面倒なことになりましたか」
「多分、追われてます。相手は警察省のエライさんですもん」
とマーヤンがそっけなく答えました。グランドラは少し微笑みながら、言いました。
「でも、大騒ぎして、盗品のコレクションだとわかったら、困るのはあちらでしょ。そう表立った動きは出来ませんわ」
マーヤンはイライラとグランドラを睨みつけました。
「だから、困るの、こちらは。ぐずぐずしてると、闇から闇へ葬られちゃうから」
「・・・わかりました」
グランドラは侍女のひとりに目配せをしました。その侍女が別の部屋へ姿を消すのと入れ違いに、白髪で痩身の老人が姿を見せました。
グランドラの抱いているパリラに気づいたその老人は、歓声をあげました。
「おお、無事であったか、パリラ」
「トレメダス様」
パリラが嬉しそうに呼びかけました。グランドラは、パリラをトレメダスに手渡しながら、言いました。
「すぐにパリラのからだを元に戻してあげて頂戴。こちらの、その」
「スリヤです」
スリヤが自分で言いました。
「そう、そのスリヤさんのからだと入れ替えてくださいな。お急ぎの様子ですから、出来るだけ早く」
トレメダスはスリヤを見ると、一瞬、ハッとしたような顔をしましたが、すぐに表情を戻して、スリヤに言いました。
「承知いたしました。では、こちらへ」
人形師・トレメダスの部屋は、地下にありました。広い部屋のはずですが、作業台のまわりに、大小さまざまな人形が置かれているので、窮屈な感じがします。それに、作りかけの顔とか、ばらばらの手足や胴体が、壁に無造作に吊り下げられているので、トレメダスやスリヤに続いて入ってきたマーヤン、パーヤンは、一瞬、悲鳴をあげかけたほどです。
「さあ、そちらの椅子に座って。すぐに終わるからね」
トレメダスは、パリラをそばの椅子におろしながらスリヤに言いました。そばで周囲を見回していたアララが、裸足を見せて言いました。
「私、靴がないんです。何かありますか」
「ああ、その棚にいろいろ入っている。合う靴があったら、進呈しよう。探してごらん」
トレメダスが、指さした方に、小棚がありました。アララはうなづきました。トレメダスは、スリヤに言いました。
「ちょっと、目を閉じていなさい。わかっていても、あまり気分のいいものじゃないからな」
「大丈夫、慣れてるから」
とスリヤは、パリラの真似をして、自分で首を抜こうとしました。
「おっと、それはいかん。下手にキズがつくと面倒なことになるよ」
トレメダスはスリヤの手を押えました。
「スリヤさん、トレメダス様におまかせすれば、大丈夫ですわ」
パリラが言いました。
「さあ、ちょっとの間だ。目を閉じていなさい」
トレメダスの指示通り、パリラとスリヤは目を閉じました。
物珍しげに人形を見まわしていたパーヤンは、自分のすぐそばに座っている人形に見られているように感じて、ぞっとしながらいいました。
「まるで人間みたいだ。でも、意識はないんだ」
トレメダスは、スリヤとパリラの頭部を外して、作業台の上に置くと、オイルらしきもので湿らせた布で、接合部を丁寧に拭き始めました。
「魂を入れないと、ただのデク人形だよ」
マーヤンがたずねました。
「ジュモンが難しいんだってね。魂を入れるジュモン」
「まあ、素人には扱えんよ。ただ、言葉を並べれば良いというものじゃない。周囲の環境を整えなきゃならんし、ジュモンを唱える時間も大切だ」
「だったら、人の魂を丸ごと移せるなんて芸当は、誰にでも、できるってもんじゃないね」
「人の魂を丸ごと? それは不可能だ。人形に魂を宿らせるというのは、人の魂に似せた、人形の魂を作るということなのだよ。最初は持ち主になる人間の魂の型抜きをして、人形の魂を整形する。あとは学習と訓練。人間の子供と変わらんよ」
「なんだか、ややこしい話ね」
トレメダスが丁寧に、その首回りを拭っていたスリヤを指さして、パーヤンが言いました。
「じゃあ、この子はどうして人形になっちまったんでしょうか」
「この子が?」
「人形なのにジュモンが使えます。それに滅多に使わない、本当の名前さえ知っていた。間違いなく俺たちの子供だ」
「え、ジュモンが使える?・・・そんなバカな」
閉じていたスリヤの目が開いて、トレメダスを見つめました。
「だって、あたい、人間だもん」
その時、ガラガラという音がして、一同が見ると、アララが、倒れかかった小棚と靴の山におぼれそうになっていました。
「ごめんなさい。わざとじゃないのよ」
頭にのしかかってくる小棚の扉を押し戻そうとしながら、アララが言いました。
マーヤンとパーヤンが靴の山をかき分け、アララを引っ張り出しました。しかし、押しのけた靴のひとつに、マーヤンとパーヤンの目が釘づけになっていました。そこにあったのは、スリヤが幼稚園へ通うようになった時、通園用にと、パーヤンとマーヤンが少ない稼ぎを合わせて手にいれた、思い出深い靴だったのです。
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