第8話

薄暗い中、玄関の扉の隙間から、金具のようなものが差しこまれてきて、両側に開きはじめました。やっと人の通れる幅になると、黒ずくめの格好をした盗賊が二人、忍び足で入ってきました。大柄と小柄の二人組です。顔も覆面をしていましたが、突き出た大きな両目が異様でした。これは、オミトーシという名前の寄生生物で、これを瞼に貼りつけると、暗闇でも昼間のように見ることができるというので、盗賊たちによく使われているのです。大柄が小柄に言いました。

「急ごう。あと5分も持たねえぜ」

「もう少し長くなんないの。このジュモンの効きめ」

「知るかよ。偶然見つけたジュモンだもんな。アホヌカセマーヤン、て言ったら、突然、家の木が気絶しやがったんだ」

「だから、切れかかったら、また言い直せばいいじゃん」

「だから、1日一回しか効かねえって言ってるだろ。さっさと探せ」

ひそひそ声のやりとりを、スリヤたちはじっと聞いていました。ひょっとして、ここから抜け出せるチャンスがあるかもしれない、とも思えたからです。でも、下の段から、ささやき声が上がり始めました。ほかの人形たちも盗賊の姿に気づいて騒ぎ始めたのです。

「静かにして。やつらに壊されるよ」

アララは、下に向かって、小声で叫びましたが、効果はありません。盗賊たちが気づいて、近寄ってきました。

「あった、あった。ここだ」

大柄がポケットから、大きな葉っぱのようなものを出して、その表面をこすると、フランス人形の像が浮かび上がりました。メモリーバという動態植物で、人間の記憶を自分の葉体に転写するという能力があります。小柄が、スリヤたちにささやきかけました。

「静かにしててよ。助けに来たんだから」

メモリーバを見ていた大柄が、パリラを見つけて言いました。

「いたぞ。この人形だ」

「え、でも、顔はいっしょだけど、服が違うじゃないの」

「ともかく、早く開けなきゃ」

大柄が金具を取り出し、戸棚の隙間に突き刺そうとしましたが、なかなか入りません。

「早くしてよ」

「オミトーシの具合が悪くて、よく見えないんだ。よし、開いたぞ」

戸棚の扉をようやく開けると、大柄がパリラに言いました。

「パリラか」

「はい」

「助けに来た」

「え、でも」

「話はあとだ」

大柄はパリラをつかむと、小柄が開いている大袋に入れようとしました。

「でも、からだが違います」

パリラが小声で叫びました。小柄も言いました。

「そうよ。ドレスが違う」

「それは私のからだ」

スリヤが言いました。

「え?・・・ええい、面倒だ。おまえも来い」

大柄はパリラに続いて、スリヤも大袋に入れました。

「あたしも行っていい?」

アララが言いました。大柄はアララをにらみつけました。

「なんだ、おまえは関係ないだろ」

アララは自分の髪や服を見せて言いました。

「高く売れると思うわ」

大柄はニヤリとしながら答えました。

「かもな」

大柄は、アララも大袋へ入れようとしました。しかし、そのとき、部屋中が突然明るくなりました。同時にパチンという音がして、盗賊たちのつけていたオミトーシが破裂してしまいました。光の量が多すぎたのです。

「うわー、目が、目が」

大柄と小柄は自分の両目を押えて、うずくまりました。オミトーシの神経と同期していたので、目がくらんでしまったのです。


階上に通じる扉のそばには、パジャマ姿のマルトクとスミエが立っていました。すでに室内灯には明りが入っています。まぶしい光を放っていたのは、マルトクの持っている、マブシルバーという大型の芋虫が入ったランタンです。幼虫の間は、発光することで、近寄ってきた小虫をとらえて食べ、成虫になると、何の変哲もない灰色のチョウになります。マルトクは悠然とランタンを置き、覆いをかけて、もう片方の手にあった、トゲフキをかまえました。トゲフキは、拳銃のかたちに似た食獣植物で、花弁の中にあるトゲ状の長く、鋭い蔓を打ち出して、獲物の動物を仕留めます。

「フン、コソ泥めらが。最近、家の木を眠らせて押し入る泥棒がいるという通報が何本もあったので、わざと油断したふりをしていたら、案の定だ」

スミエがマルトクを小突いて言いました。

「何かっこつけてんのよ。トイレで水洗が動かなかったから、私がマヒしてるとわかったんじゃないの」

「え、いや、それもあったが。ともかく、今後のこともある。おまえたちが使っていたジュモンを教えてもらおうか」

盗賊たちは、ようやく目から手を離して、まだ、まぶしそうにマルトクたちを見ました。あらわになった顔は、まだ、若い男女で、男の方は、角ばった顔立ちに太い眉と大きな目をショボつかせていました。女の方はきれいなカーブを描くアゴの上に、ヤマネコのような鋭い目があって、マルトクたちをにらんでいました。スリヤは、二人の顔を見たとたん、思わず叫びました。

「パーヤン、マーヤン!」

二人はギョッと顔を見合わせました。パーヤンがスリヤをにらみつけました。

「な、なんで、俺の名前を知ってるんだ」

「アタイ、スリヤよ」

マーヤンの目が点になりました。

「スリヤは2年前に突然いなくなった娘の名前よ。でも人形の子供を持った覚えはないわ」

「だって、気がついたら、人形だったんだもん」

「そう思い込んでるのよ。持ち主への同化ね」

スミエが冷やかに言いました。マーヤンはスリヤの顔をじっとみつめました。

「でも、あたしたちは子供に人形を買ってやれるような余裕はなかったわ。スリヤ、あんたの自分の本当の名前、言える?」

「本当の名前」

「スリヤはおばあちゃんがつけたアダ名。本人だったら、あたしたちがつけた名前を知っているはず」

「・・・アリスのこと?」

スリヤはおずおずと言いました。滅多に呼ばれることのない名前なので、なんとなく気恥ずかしかったのです。

スリヤの答えを聞いたとたん、マーヤンの顔がくしゃくしゃになりました。アリスという名前は、マーヤンが唯一知っている大昔の童話の主人公にちなんで、名づけたものだったのです。

「ああ。なんで、人形なんかに・・・ジュモン? ジュモンにやられたの」

パーヤンもポカンとスリヤを見つめました。

「おまえ、本当にスリヤなのか・・・」

「もう、そこらへんにしておけ。コソ泥どもが。さっさと家の木を眠らせるジュモンを教えてもらおうか。それともトゲフキを食らいたいか。痛いぞ、腫れるぞ、死ぬぞ」

マルトクがイライラと言いました。ところが、スミエはマルトクのトゲフキをすばやく奪い取ると、

「あんたがジュモンを知る必要はないわ。私が被害者なんだから」

「え、でも、おまえ」

「どうせ、いやらしい魂胆があるんでしょ」

「いや、わしは警察省の幹部としての役割上」

スミエは、トゲフキをマルトクに向けました。

「出てって!」

「・・・たく、一度、怒りだしたら、手がつけられんからなあ」

マルトクはぶつぶつ言いながら、出て行きました。スミエは、パーヤンとマーヤンがこっそり、あたりを見回すのに気づいて、言いました。

「ここがどこだか、わかってるわね。逆らわない方がいいわよ。あたしに逆らうと、こんなトゲフキなんか問題にならないくらい恐いめにあうんだから」

と、近くにあった、一見ごみ箱に見える丸い筒にトゲフキを放りました。すると、突然、筒の先がギザギザの牙のように変わって、トゲフキにくらいつきました。トゲフキは逃げようと一瞬もがいたように見えましたが、パリパリと乾いた音がして静かになりました。

パーヤンがわなわなと震えだしました。

「わかりました。言います、言います」

でも、マーヤンがパーヤンの口をふさぎました。

「だめよ、喋ったら、殺されるわよ、今すぐ」

「まあ、飲み込みが早いこと」

スミエがニヤリとしました。そのとたん、パーヤンのそばにあった椅子がグニャリと姿を変え、イソギンチャクのように触手を伸ばして、パーヤンとマーヤンにからみつきました。

「そうよ。あんたたちはどのみち死ぬのよ。でも、ジュモンをちゃんと教えてくれたら、一気に首を折ってあげる。でも、喋らなかったら・・・」

からみついた触手がじわじわと二人を締め上げ始めました。

「く、苦しい。息が、息が」

「やめて」

スリヤは思わず大声で叫びました。

「アホヌカセパーヤン!!」

そのとたん、明りが消え、一瞬の静寂が訪れました。

「どうしたんだ、一体」

薄暗がりの中で、パーヤンが恐る恐る声を出しました。マーヤンが答えました。

「ジュモンよ、ジュモンが効いたのよ。スリヤ、大丈夫、あんた」

スリヤは自分の胸を押えて、つぶやきました。

「私、やっぱり人間なんだわ。でも、ちょっと、待って」

スリヤは、大袋から抜け出して、戸口のそばにマルトクが置いて行った、ランタンの覆いを取りました。マブシルバーが発光を始め、動きを止めたままのスミエの様子が浮かびあがりました。今まで、人間の肌色だった顔や手足が、木彫りの彫像のように変化していました。パーヤンとマーヤンに絡みついていた触手は乾いたツタのようになって、二人が少しもぞもぞとからだを動かしただけで、パラパラと砕けてしまいました。

「すごい、威力だわ。家の木がただの木になっちゃった」

マーヤンが呆気にとられています。その時、ドアをどんどん叩く音がしました。

「どうしたんだ、スミエ。何があった。俺は閉じこめられているぞ。開けてくれ、おい」

マルトクの声です。パーヤンが工具袋から金具を取り出しながら言いました。

「さあ、いまのうちにずらかるぞ。でも、なんで、ジュモンが効いたんだ。一日一回しか効かないのに」

マーヤンがハッと気づきました。

「待って。スリヤ、あんた、今、なんて叫んだの」

「アホヌカセパーヤン」

「アホヌカセマーヤンじゃなくて、パーヤンて言ったのよ。だから、効いたんだわ。マーヤンより、パーヤンのが強力なのね」

「俺たちとは逆だな」

パーヤンが苦笑いを浮かべました。

「でも、どうやって、抜け出すのよ」

と、マーヤンが聞くよりも先に、パーヤンは大きな窓を金具で力いっぱい叩きました。パリンと乾いた音がして、窓が割れました。落ち葉のように、みるみる黄ばんでいきます。

「さあ、スリヤ、逃げるぞ。袋に戻れ」

その袋から、パリラとアララが顔を出しました。

「でも、ほかの子たちは」

スリヤは、パーヤンとマーヤンに、人形たちのいる戸棚の扉をすべて開いてもらいました。スリヤは人形たちに言いました。

「私たちは逃げる。これから、どうするかは、あんたたちの自由」

人形たちはまごついていました。

「どうするかなんて、考えたこともないわ」

「どこへ行くの。何をするの」

「どうすればいいの、教えて」


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