第6話

ダイゴは渋々男に従うほかはありませんでした。男が、マルトクという名前の警察本部の幹部だったからです。警官の許可証を取り上げられたら、ダイゴは今までのように人形を駆り立てて、ジュモン集めをすることもできなくなります。マルトクは、スリヤについたシコウビルを外させましたが、マヒが残っていたスリヤはすぐに動くことができなかったので、マルトクといっしょにヘリトンボに乗せられてしまいました。残されたサンリンのことが気になりましたが、「シャワシャワ」と聞こえる、ヘリトンボのおかしな羽音を聞きながら、眼下に小さくなっていく、ダイゴとサンリンの姿を、ただ見送るだけでした。気がつくと、マルトクがスリヤを見おろしていました。

「ふん、うちのやつにも困ったもんだよ。これで少しは機嫌が良くなるといいんだがな」

「あたい、人形じゃないもん」

やっと、スリヤはカン高い声を出しましたが、自分の声とは、とても思えません。

「ん? まあ、たいがいの人形はそういう。ジュモンのせいで人形になってるってな」

「でも」

「でも、まあ、たいがいの人形はウソを言ってることがバレる。人形にはジュモンが使えないからな」

「ジュモンて、なに」

「ん? おかしな質問をする人形だな。どうして空気があるのか、どうして水があるのか。それと同じくらいの愚問だな」

「ジュモンて、なに」

「それは空気や水と同じように、人間に欠かせないもの。以上だ」


ヘリトンボが舞い降りたのは、家の木が点在する、広々とした草原の一角でした。きのこの傘みたいな樹冠の大きな家の木があり、そばにある広場で子供たちがサッカーをしているように見えました。でも、ヘリトンボから降りて、近づいてみると、サッカーをしていたのは、全員がスリヤと同じような背格好のフランス人形でした。

「あいつらといっしょに遊んでろ」

と言って、マルトクは家の方へ行きました。スリヤはうなずくようなふりをして、突然、走りだしました。捕まったら、どうにかして逃げる。それがスリヤのやり方です。しかし、気づいたマルトクが、

「ドタンバ」

とひと声叫ぶと、スリヤは突然動けなくなってしまいました。いっしょにほかのフランス人形たちも動きを止めてしまいました。

「これがジュモンというものだ。あのクズ警官みたいに下等な寄生生物を使う必要はないんだよ」

マルトクはスリヤを小脇に抱えると、

「ムウビイ」

と小声で言いました。フランス人形たちが元通り動きだしました。


「スミエ、いるかね。新しい人形だよ」

マルトクに抱えられたまま、家の中に入ったスリヤは、部屋の中を見まわしました。自分の住んでいたアパートの狭さに比べると、十倍は広いと思えるような部屋でしたが、面白いのは、椅子もテーブルも戸棚も、何もかもが、床や壁から突き出た枝やコブから出来ているところでした。その壁を縦に割るような裂け目が開いて、大人の女性が姿を現しました。緑色の髪をして、緑色のドレスを着ています。スリヤはスミエと呼ばれた女性の顔を見て、見覚えのある顔だと思いました。確か、バス停でハンバーガーを失敬した時に会ったような・・・。

「なにバカ言ってんのよ。あたしが居なけりゃ、家だってないのに。何、その人形は」

「フルキの始末をしているときに警官が通りかかって、水をやった代わりにもらったんだ。おまえが喜ぶだろうと思って」

「じゃあ、フルキのナニは済んだわけね」

「ああ、ナニは済んだ」

「うふふ。うれしいわ、ダーリン」

スミエは大げさと思えるほど、マルトクに抱きついて、キスの雨を降らせると、スリヤを受け取りました。

「いい顔。かわいいわ。でも、何、このドレス。ずいぶん汚れてるわね」

「元の持ち主によれば、ずいぶん反抗的だったそうだ」

スリヤはスミエを見上げて言いました。

「あたいは持ち物じゃない」

「あら、そう」

スミエは、スリヤを抱えたまま、窓辺に行って、へりの部分を少しさわると、口が開くみたいに窓が空きました。そこから顔を出すと、

「パリラ、ちょっと来て」

と大声で怒鳴りました。ほどなく、ノックの音がして、スミエが「お入り」というと、純白のドレスを着たフランス人形がひとり、入ってきました。細面の、少しおどおどした表情をしています。

「スミエ様、パリラでございます。どんな御用件でしょう」

「ちょっと、そこの椅子にすわりなさい」

「はい、スミエ様」

パリラは、フランス人形にとっては高すぎる椅子に、よじ登るようにしてすわりました。スミエは、スリヤをパリラのそばに座らせると、いきなりスリヤの首をスポンと抜きました。

「あ、おまえ、そんな乱暴な」

マルトクが言いました。

「いいじゃないの。きれいなドレスに変えてあげるんだから。パリラ、わたしがどうしたいか、わかるわね」

「はい、スミエ様」

パリラは、自分の首に両手をかけると、ぐいと引きぬいてしまいました。スリヤは叫びました。

「いやだ、あたい、いままでの服でいい」

しかし、スミエはスリヤの首をパリラの胴体に、パリラの首をスリヤの胴体に入れ替えてしまいました。

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