第5話

幼稚園の教室で、スリヤの席は一番前でした。もちろん、逃げたり、イタズラをしないように先生が見張るためです。でも、今のスリヤには、逃げることもイタズラをすることも出来ません。体が動かせなくなったからです。口もきけません。ダイゴに頭と胴体はつないでもらいましたが、首のまわりには、サンリンと同じようにシコウビルをつけられてしまったからです。外見はまるで、椅子の上に置かれた大きめのフランス人形そのものでした。考えることは出来ましたが、がんばって動こうとすればするほど、動けないのです。隣には、ぐったりした様子のサンリンがいました。でも、教室はぺちゃぺちゃと小声のおしゃべりでにぎやかでした。とはいっても、しゃべっているのは、全員、人形でした。スリヤのようなフランス人形や、ぬいぐるみのクマ、日本風のおひな様や石器時代の素朴な人形、絵を描くときに使うデッサン用人形などがいます。中でも、ひときわ大声なのが、デッサン人形でした。

「もう人形でいる必要はないんだ、僕は」

固い木の胸をコンコン叩きながら、カン高い声で言いました。スリヤはすぐにリッチーの声だと気づきました。クマのぬいぐるみが言いました。

「へえ、そうかい、リッチー。きのうもそう言ってたぜ。たまには本当のことを言ってみろよ」

「違う、うそじゃない。僕はもともと人間なんだ」

「そうかい。じゃ、うそじゃない、と3回言えるかよ」

リッチーが、ムキになって、うそじゃない、と言いかけると、のっぺりした顔の鼻にあたる部分が、みるみるふくらみ、長いさおのようにぐいーんと伸びて、天井に突き刺さってしまいました。

「おまえはリッチーじゃなくて、ピノキオだろう」

「違う。僕は本当のことを言うと、鼻が伸びちゃうんだよ。本当だよ」

一同、大爆笑です。そこへダイゴが入ってきました。天井から自分の鼻を抜こうとして、慌てているリッチーを見て、呆れたように言いました。

「またおまえか。そろそろ、ストーブのたきつけにしてやろうか」

ひいーと叫んだリッチーの鼻がたちまち縮みました。それで、またまた大爆笑。ダイゴが怒鳴りました。

「静かにしろ、人形ども。きょうもジュモンさがしだ。いいジュモンを見つけたやつには、たっぷりマンプクをかがせてやる」

人形たちから歓声があがりました。ダイゴはスリヤたちを指さしていいました。

「いいか、こいつらみたいに人間さまの食い物に手をだすなよ。食っても、人形はマンプクにはならん。胃袋がないんだからな。食い物を見つけたら、この俺様に持ってこい。さあ、いけ」

スリヤとサンリンを残して、人形たちはガヤガヤ言いながら、出て行きました。

「さあてと、あとはおまえたちの始末だ」

ダイゴは、スリヤとサンリンをにらみつけました。スリヤは、必死でからだを動かそうとしていましたが、気持ちをこめれば、こめるほど、首回りに張りついたシコウビルの目がうれしそうにうごめくのが見えました。


ダイゴは、スリヤとサンリンをいっしょにして縛りあげると、ナメクジラに乗せて、外へ出ました。ナメクジラというのは、その名の通り、ナメクジとクジラを足して2で割ったような生き物で、足の代わりに細かい偽足を出し入れしながら、動きます。胴体の真ん中にくぼみがあるので、そこにダイゴの巨体も楽々すわることが出来るのです。ダイゴの隣でスリヤは、通り過ぎていく風景をポカンとしながら眺めていました。ここには、高層ビルもオードバスもオートモビルもありません。オートポリスもいないし、オートヘリも飛んでいません。その代わりに、幹が太くて枝葉の小さい、おかしな形の木がたくさん立っていました。しかも窓がついています。家の木でした。家の木は、雑食性の半動植物で、人間のために居住空間を提供することで、人間の出す排泄物や、生ゴミや粗大ゴミをもらっています。とても便利な木で、中には「快感」を提供するために、人間そっくりな、末端枝状体を備えた種類もあります。また、幹の部分が太く、地面をはって横長になった、アパートの木というのもあります。

そのとき、突然、ナメクジラの動きが止まりました。そして、ミズー、ミズーとうめくような声を出しながら、長いラッパのような触手をダイゴの方へ伸ばしてきました。

「ええい、なんだ。出る前にたっぷり飲ませただろうが。クソー」

ナメクジラは偽足の下に水を吐きだしながら、滑るように進むので、たくさんの水が必要なのです。

ダイゴはナメクジラを降りると、ちょうど近くにあった大きな家の木へこっそり、近づきました。家の木には、必ず地下水をくみ上げるために、ポンプの木を寄生させているので、それを無断で使おうというのです。しかし、出入り口のあたりから、大きな怒鳴り声が聞こえ、扉が開いて、身なりのよい男が出てきました。ダイゴと同じくらい大きな男です。その男は、出てきた家の木を見上げて、怒鳴りつけました。

「恩知らずめ。ここまで大きくしてやったのに。なんだ、その言い草は」

家の木を覆う枝葉の間から、大きな顔が見下ろしていました。鬼婆のような、こわい顔です。まるで人間の女性ですが、これが先程説明した、末端枝状体なのです。しかも嫉妬深いので、

「恩知らずとは、おまえのことを言うのだよ。どれだけ、あんたのために尽くしてきたのか、知らないだろ。なのに・・・ほかにも家の木があるんだね」

「え・・・な、なんの話だ」

男の表情が一変しました。

「ほかにも家の木があるんだろ。答えるんだ、この浮気男」

「だ、誰がそんなことを言ってるんだ」

「ヘリトンボ」

「え・・・・あの、野郎」

「やっぱり、ホントだったんだね。ええい、どうしてくれよう」

鬼婆の顔がみるみる赤くなり始めました。男は、なだめようと必死で手をふりながら言いました。

「ま、待て。これにはいろいろとわけがあって」

しかし、何かこげくさいにおいが立ち始めて、鬼婆の顔のまわりから煙が上がり始めたとたん、家の木のそこらじゅうから火柱が吹きあがり、たちまち家の木は炎に包まれてしまいました。男は、呆然としてその様子を見ているだけです。そばにいたダイゴが男を小突いて、言いました。

「ダンナ、火事ですよ。ポンプの木を外さないといっしょに燃えちまう」

ポンプの木と家の木の連結管を外したら、そのどさくさに自分も水を失敬しようというのです。男は、焼け落ちる家の木の様子を、無表情に見ながら、言いました。

「まわりに家の木はないから、延焼の心配はない。もう、終わったんだ」

「もったいない。立派な家の木だったのに」

ところが、家の木とポンプの木をつなぐ連結管が、アッチッチ、と言いながら、勝手に外れてしまいました。クダマキという寄生植物が使われていたのです。しめた、と、ダイゴはナメクジラをポンプの木のそばへ連れて行って、水を飲ませ始めました。ぼんやりとしていたフ男は、ポツリと言いました。

「その水はタダじゃないぞ」

「え、でも、ダンナ」

「おまえ、警官だろ。ドロボーじゃないよな」

「へい。とは申されましても、きょうはあいにく持ち合わせが」

「その人形を寄こせ」

「え、しかし」

「うちのやつが趣味で人形集めをしている」

「うちのやつって。でも、その、こちらの家は」

そこへ、バタバタと騒がしい音をさせながら、ヘリトンボが上空に現れました。ヘリコプターに似ていますが、頭の上に生えた円盤状の羽根を波打たせて飛ぶという不思議な生き物です。両目の突き出たゾウのようなからだの胴体には、大きな空洞があって、人を乗せることができるようです。そのグロテスクな外観からは信じられないほど、ふわりとした着地をすると、男をウインクするように見ると、長い頭を響かせるような低い声で言いました。

「盛大に燃えていますね」

「本当に烈火のごとく怒りやがった。まさか、こんな簡単に事が運ぶとは思わなかったよ」

「家の木は古くなると、すぐかっとなって燃えやすいんですよ」

男はニヤリとしてうなづきました。ヘリトンボとその男は、グルだったのです。

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