第4話

スリヤは目をさましました。しかし、真っ暗闇で何も見えません。からだのあちこちがズキズキ痛みますが、大きなケガはなさそうです。自分のまわりを手さぐりすると、固くて、すこし湿った平たい場所にいることだけはわかりました。そろっと立ち上がって、歩きだしたとたんに、何か固いものにつまづきました。イテッという声があがりました。と、同時にぼんやりした光がスリヤとその周囲を照らし出しました。ほこりをかぶったオルガン、こわれた椅子、絵本のつまった本棚・・・その様子を見て、スリヤはここが幼稚園の物置だと気づきました。いたずらをした後に逃げ込んだ場所なので、よく知っているのです。でも、スリヤを照らしている光の中心には、赤いうさぎがいました。

「なにすんだよう、せっかく眠ってたのに」

光はうさぎの両目から出ているようでしたが、からだ全体が蛍光石のように光っているのです。スリヤをにらんでいましたが、ちっともこわくありません。

「あんた、だれ」

赤いうさぎが両耳を立てながら、言いました。

「なに言ってんだよう、サンリンだよ、サンリン」

「サンリン?」

幼稚園に友達はいません。スリヤがポカンとしていると、

「おい、しっかりしろ、スリヤ」

サンリンが、両前足で、スリヤの肩をゆすりました。自分の名前を知っているのです。そう言われると、知り合いなのかもしれない、ともスリヤには思えましたが、はっきりしません。

「さあ、そろそろ、ずらかろうぜ」

「ずらかる?」

「なに言ってんだよう、俺たちが何したか、わかってんのか」

何をしたって・・・リッチーの三輪車を盗んだことでしょうか。でも、それはアタイが、と思っていると、突然、ガラガラと大きな音と共に、スリヤの目の前が明るくなりました。扉が開いたのです。そこには、警官の帽子をかぶっているものの、上半身はツギハギでボロボロのシャツを着た、太った大男が、ギョロ目で、スリヤたちを睨みつけていました。

「はっはっはっ、やっぱりここか」

「ダ、ダイゴさま、もう、二度としませんから。ご勘弁を」

サンリンが、両目をパチパチさせ、前足をすりあわせながら、言いました。

「ダイゴ・・・」

スリヤは、ダイゴと呼ばれた大男を見上げました。しかし、スリヤの知っているダイゴはロボットのはずですが、この男は生身の人間に見えます。

「人形の分際で、人さまの食い物に手をつけやがって。さあ、これをつけろ」

ダイゴは、まるで犬の首輪のような、トゲのついたリングを二つ、差し出しました。サンリンは、立てていた両耳を垂らして、へなへなとうずくまりました。明るい光の下では陶器の置物みたいでした。

「あ、あ、それは、シコウビル・・・」

ダイゴがリングのひとつを投げると、サンリンの頭からスッポリとはまって、首を締めつけるように縮みました。スリヤは、ダイゴの持っているリングが自分を睨んでいるのに気づいて、いつものうそ泣きではない、本当の悲鳴をあげました。トゲの先端に目がついていて、リングの部分は、自分の部屋でも不意に現れるムカデみたいに、無数の足がついているものでした。スリヤはムカデが大嫌いでした。でも、かすれたような小さな悲鳴しか出せません。

「いやだあ」

スリヤは逃げようとしましたが、ダイゴの大きな右手が、すばやくスリヤのからだをつかまえていました。スリヤは必死で手足をばたつかせました。ダイゴがスリヤの頭をつかんで怒鳴りました。

「静かにしろ」

スポンという音がしました。そのとたん、スリヤは、自分をにらみつけるダイゴの顔が急に大きくなったように感じました。ダイゴはスリヤの顔を別な方向へ向けて、言いました。

「いつまでもこうしていたいのか、デク人形」

スリヤに見えたのは、頭のない、汚れたフランス人形でした。

「アタイは人間だもん。人形じゃないもん」

「じゃあ、これは、なんなんだ」

ダイゴは、そばにあった、ヒビだらけの手鏡をつかんで、スリヤに見せました。そこには、首から下がない、フランス人形の頭が映っていました。乱れた、長い金髪の下に大きな目と小さな口・・・・。

「あ、あたい・・・人形」

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