第2話
結局一睡もできないまま朝を迎えた。普段起きるぐらいの時間にリビングへと向かい、平然と両親の前に出る。昨晩出かけていたことや、盗みを働こうとした、いや、働いてしまったことは絶対悟られないようにしなければなるまい。私が悪の道に落ちてしまったことなど知られては家の恥さらしである。絶対に気づかれないように振る舞わなくては。
チョコレートの風味がするコーンフレークを牛乳に注ぎ込む。卵を割ってフライパンに落とし、黄身を割る。焦がし醤油で仕上げ、ウィンナーを焼き、盛りつける。それを3人分用意し、食卓へと運んでは家族で皿を囲むことは日常である。しかしいつもと違うことがあった。今日はまるで味を感じなかった。食感はあったが、砂を食べているようにも感じられた。
気分が悪い。
テレビからはいつものようにプロパガンダじみたニュースが流れている。
『近年、グローバル化が急激に進んでいますが、その背景でアブラハム派によるテロが多発しています。今年だけでアブラハム派によるハイジャックやバスジャック事件が13件起こっており、国民の間には不安が広がっています。今回はその背景に迫るべく、アザル大学教授のナバラ・ヨセフさんにお越しいただいています。先生、アブラハム派によるテロはなぜ、起こるのでしょうか?』
『アブラハム派と一口に言っても、大きく3つに分けられます。民族主義的かつ排他的なタナハ主義。そこから分離し、死をもって救済とする説を唱えるナザレ主義。文化を徹底的に破壊することを目的とするコーラン主義。彼らは本来共存し得ないようにも見えますが、皆根本は同じであり、共通する本を崇拝しています。それは、禁書にも指定されている「タナハ」です。タナハはなんらかの要因で手に入れた場合破棄することが義務とされていますが、彼らは...』
朝の礼拝をした後、時計を見ると7時40分頃を指していた。いつもならこのまま学校に行くのだが、今日は学校に行かずに別の場所に行こう。焦って学校に向かうかのように家を飛び出し、向かったのは図書館である。市の図書館は大きなビルの中にあり、公民館と併設されていて、他にも市役所などの役割を一部担っている。しかし、時間がまだ朝早く、ビルは開いていないようだった。1時間ほどコンビニで時間を潰し、9時になるとすぐ私は図書館へ、図書館のカウンターへと向かった。本を整理しているようである司書のもとに駆け寄り、私は話しかける。
「すみません、禁書のリストをいただけませんか。」
「禁書、ですか?」
「はい、禁書です。」
「しばらくお待ちください。」
担当は中へと戻り、代わりに上司らしき人が私の対応しした。私は別室に案内されて座らされた。部屋は白く、机と椅子の他にはプリンターとコンピュータ1台が置かれていた。
「この部屋での会話は全て撮影・録音されます。禁書の目録の入手に際して、簡単な調書をとりますので、お付き合いください。」
「えっと...なぜ、調書を取る必要が...」
「そういう決まりですから。」
『何が禁書なのか』を正確に把握している、ただこれだけで禁書を手に入れられる可能性は格段に上がる。だからこのように調書を取られるのもおかしくない...のかもしれない。
3時間に渡って個人情報や使用目的を事細かに聞かれ、印刷し、その書類に拇印を押した。これだけで3時間ほど取られてしまったが、その後すぐにリストは手に入った。1ページに80種類、それが200ページもあるのだから驚きだ。
謝罪は早いうちがいいだろうと考え、図書館を出るとその足でコンビニへ向かった。手土産に向いていそうなギフトを選び、それを持って昨晩の古本屋へ向かう。忍び込んだ窓は穴が綺麗に塞がれ、入り口の扉は開け放たれていた。
本屋を前にして、突然息が苦しくなった。どんな顔をして会えばいいのだろう、昨日の本は買い取った方がいいのか、そもそも店に入ってもいいのだろうか、私は足取り重く店に入った。すれ違いにトレンチコートの男性が店から出て行こうとし、私に肩を当てた。その男は何もいうことなくこの場を去った。少し不機嫌になるも、その感情を優先する余裕もなく、店主の方へと向き直った
店主はどうやらあの男から本を数冊買い取ったところのようで、鑑定をしている最中だ。
「昨晩、こちらに忍び込み、さらに窓に穴まで開けてしまい、すみませんでした。」手土産を突き出し、頭を下げると、店主は笑顔で「二度としないと、神に誓えるなら」と私を赦した。
呆気なく許された私は、何を焦ったのか「どうか、私に罰をください」と口走った。数秒の間が私を圧迫する。しばらくして店主は顔を上げ、「であれば、また中へ入りなさい」と私を呼んだ。彼が持っているその本は、昨晩読み上げていたソレに違いない。
「箴言、第3章27節。『行なう力があるとき、求める者に、それを拒むな。主を恐れて、悪から離れよ。』どうです、いい言葉でしょう?」
私にはよくわからなかった。それよりも、その本はなんなのかという疑問が私を包んだ。それを察したのか、店主の側から語り出した。
「私はセム人でね。これは私の一家に代々伝わる1冊なのです。簡単には手放せません。今では禁書にも選ばれてしまっているけれどね」店主は微笑み、あなたに罰を与えます、と続けた。
「この1冊を明日まで預かってはもらえませんか。私は少し出かけなければならなくてね。しっかりカバンにしまって入れば見つかることもないですよ。」
私は昨晩のこともあり、これを断ることはできなかった。本を受け取り、私はそそくさと家に帰った。
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