第15話
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放課後、漫画部兼美術部の部室に行くと、椅子に座ったありあ先輩が歯で手の親指をかじっていた。
「あー、頭にくる!」
ボクの姿を認めると一瞥し、それからまたキャンパスに向かってぶつぶつ呟いている。
ボクも椅子に座って、机の上にネーム帳を開く。
先輩は立ち上がり、髪の毛をかきむしって「ふぁっきん」と唸ってから、ボクの横の椅子に座りなおす。
そして、机に頬杖をついて、
「調子はどう? 言語能力のないおねーちゃん」
と、つまらなさそうに尋ねてきた。
「おねえちゃん、っていうのやめてよ、先輩。名前で呼んでよ」
「まりんはにゃーこと一緒の部屋なのよね。あの生徒会長様と」
「今日の朝のスピーチのとき思ったけど、にゃーこ会長と面識ありそうだったよね、ありあ先輩」
「あのねぇ……」
頬杖をつきながらため息を吐くありあ先輩。
「わたしもあの子も、学園の有名人なの。わかる? この狭い学園で有名だったらお互いに知ってるし、役職の関係で接点があるものなのよ」
「そうなんだぁ」
「あることで意見は対立しているし、敵、と言えなくもない」
「あることって?」
「そのうちわかるわよ。〈風説迷宮〉をめぐる話に。関わらないことはできないものね」
「風説って、噂のことだよね」
「そう。噂を、風説と言い換えることもある」
「ふーん」
「ここまで言って、わからないかしら」
「え? なにを?」
「もういいです。この話はおしまい」
「ありあ先輩の才能っていいなぁ」
「……そうとも限らないわ。うらやむよりもその四コマ漫画をどうにかしなさいな」
「四コマもまともに描けない。ぐぎぎ」
「昔からある『書く資格』があるか問題よね、それって。物語を書くのに資格はいるのか。大人になれば多くのひとは『資格』は必要だ、と無意識的に考えるものね。『無理な奴は無理。才能がない奴はとっととあきらめろ』というアレね。……世の中には努力をしても報われるものと報われないものがいる。そして、報われない人間の数は多いわ。名前が残るような人間は死屍累々の、その屍の上に乗って、名前が残っているものよ。まあ、努力がいつ報われるかなんてわからないから、結果論でしかないんだけど」
ボクはじっとありあ先輩の顔を見る。
不機嫌そうなその顔は、語りたくないかのようにも思える。
けど、同時に、こういうことに考えを巡らせながら創作をしているひとなのだなぁ、という気がして、『女子高生アーティスト』の看板を持つ天才で雲の上の人物、というイメージとの違いを感じるのだった。
「無限のサル定理というのがあるわ。サルがタイプライターで文字を打ち続けると、いつかはその文字列のなかにシェイクスピアの書いた文章が出来上がる、というものよ。『運』というファクターについて考えさせられる思考実験で、わたしは気に入っているの」
「才能論否定に聞こえるな、すべては運だっていう。報われるひとしか書く資格はないのか。報われるというのは結果論でしかないし、運という自分ではどうにもならない因子もあるのに、ということだね」
「なんだか青臭いこと語ってしまっているけれども。考えるより慣れろはその通りで、トライアンドエラーがまりんにも必要よ。あなたはわたしを高く買っているようだけれど、わたしだってもっと上達しないと振り落とされるわ」
魔法少女には、魔法少女である〈資格〉がいるのだろうか。
成り行きで魔法少女になってしまったのは、ボクだけじゃない。
だけど、魔法少女には魔法少女である〈資格〉があるんじゃないのか。
「才能なんていう先天性のものは、考えなくていい。資格が必要か、なんて考えなくていい。なぜならば、もう、あなたもわたしも、戦いの渦中に放り出されてしまったからよ。あとは死ぬか生き残るかくらいしか、ない。わたしたちは永続する戦いに身を置いているの。帰還する場所なんてどこにもないわ。それだけは知っておいて」
ありあ先輩はそこまで言うと、机に突っ伏して呻いた。
疲れているのだろう。
ボクはありあ先輩のくしゃくしゃになった髪の毛を撫でた。
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