第10話
*****
二段ベッドの一段目はボクで、二段目がにゃーこ会長。
ボクがベッドに潜っていると、ベッドにかかった梯子で会長が降りてくる。
それからボクの潜る布団の中へ素早く入ってくる。
午後十一時。
消灯後。
暗い部屋の中で、ボクが仰向けのまま横を向くと、にゃーこ会長がにこにこしながら近くにいる。
息遣いが聞こえて、ボクもどきどきしてむず痒い気分になる。
まさしく猫。
にゃーこだ。
「今日はおおむね楽しかったと言わざるを得ないのよ?」
会長はうにゅにゅ、と喜んでいる。
「ああ、会長の部活訪問……」
そう。
今日は〈幻獣〉を倒したあとで、会長が部室にやってきたのだ。
それはそれで大変だった。
ありあ先輩が会長をデッサンモデルにする、と言い出し、受け入れた会長であったけれども先輩は会長に服を脱げと言い、会長はもちろん断る。
モデルになるの承諾したじゃないの、と先輩は怒り、会長も風紀を乱すことはできないと言い、二人は争いになる。
議論は、ボク、まりんが裸になればいいのではないか、という流れに変わる。
いやいやボクは漫画を描いているんだ、と主張するが、そこで先輩は昔の女性作家はグラビアで売っていたこともあるのよ、と譲らない。
へー、そんな歴史があったんだー、と思っていたら、それはえっちぃ世界の話にも通じていてね、というアングラな話題に変わり、ありあ先輩講演会になってしまった。
講演会が佳境に差しかかるとにゃーこ会長が眠ってしまい、ありあ先輩の蹴りが会長の脇腹に食い込んだ。
蹴られて目覚めた会長は、そういえばジュネーという雑誌にも昔はグラビアがついていたのよ、といきなり言い出し、バカね、ナマモノは扱いが難しいのよ、と先輩。
だから早々にジュネーはグラビアやめたんじゃない、と畳みかける。
話はズレてボーイズラブ話になっていく。
そういえば百合は百合の伝統があるけれども、ボーイズラブ漫画と百合漫画は、対立はしてなくて、読者も作者も「どっちもいけるクチ」だったりするのよ、とありあ先輩が言うと、にゃーこ会長は「日本の漫画はそういうとこ、寛容な部分があっていいのよ」と言うけれど先輩は反対表明。
ボーイズラブはマイノリティ文化であることを決して忘れてはいけない、百合もまた然り、と。
マイノリティがその中でさらにマイノリティを生んでいくことがあるけれども、派閥争いの結果かもしれないし、えるじぃびぃなんとかとは話が別だから気を付けるたほうがいいのよ、と会長。
会長としてはポリティカルコレクトネス自体が眉唾なときもあって、時と場合ってもんがあるけど、自分の立場に都合よくする、というのは変わらない構造としてあって、理論武装する中学生の争いみたいになるのを細心の注意を払って防がなくてはならない、とかなんとか。
もう、ボクにはなにがなんだか。
だけど、この議論自体が悪意めいて聞こえてしまうひとっていうのも存在するし、嫌悪感を出すひともいるから気を付けないと、と主張すると、会長と先輩は口をそろえて、「黙るのが正しいとは限らない!」と言う。
きわどい球を投げるのは仕方がないのだ、それが創作に関わる人間なら、必ずぶち当たる問題だ、なぜならば自分の『性癖』を見据えないと、作品なんてつくれないからだ、とありあ先輩は締めくくった。
ふぅ、やれやれ、とにゃーこ会長が額の汗をぬぐうと、やっぱり会長にヌードモデルをやってもらわないと、と話が戻ってドタバタが始まる。
……今日はそんな部活内容だったのであった。
ベッド一段目の天井を、ボクは見る。
ニスの塗られた木材。
「みんな、いつかボクにかまってくれなくなるんだよね、会長」
会長がボクの横でもぞもぞ動く。
「ん? かまってくれなくなる?」
「卒業して、進学や就職をして。離れ離れになって。時間が合わなくなって。遠く離れた世界にいて話題もなくなって。いつか、ボクらはばらばらになっていくんだね」
「…………」
「ボクらは魔法少女なんだ。人知れず戦っている。でも、なにと戦っているんだろう。〈自分〉と、でしょ。ボクらはいずれ死んでいく」
「ボクらはいずれ死んでいく、か」
「ボクらに、一体なにが残せるだろう」
「残さなくてもいいのよ。なにも。生きた証は、自分の胸の中にある。他人の心に残らないのなんて、取るに足らないこと」
「そうなのかな」
「他人に覚えていてもらうんじゃなくて、他人を覚えてあげているのが、理想的なのよ」
「でも、魔法少女は認知に差しさわりがでてくる。いつか、ボクもここで会長と話したことだって忘れていく」
「言語野だっておかしくなっていって、言葉を理解できなくなることもあるのよ。認知の問題にしたって、言語野の問題にしたって、それは確かに宿命だけど。今を精一杯生きてるまりんは、偉いのよ。エピキュリアンになっても仕方ないけど、でも、今を意識したほうがいい。いろんな出会いを、覚えておくことよ。この〈病(ディスオーダー)〉で忘却してしまうときが来るとしても。それが、誠実さってものよ?」
「今、こうしてるのも忘れていってしまうなんて、哀しいね」
「うん。哀しい。でも、哀しい感情ごと忘れていくのかな。わたしは、そうは思わないのよ。記憶の奥深くには、きっと眠っている。眠ったまま、……そう、哀しみも全部、本当の眠りについていくの」
「噛み合わなくなっていくんだよ、会長。ボクたち、言語が壊れていくんだよ」
「そう……だね」
ボクをそっと抱きしめてくれるにゃーこ会長は、ボクの瞳をまっすぐに見た。
「哀しいお話は、今日はもうおしまい」
ボクらに一日の終わりが訪れた。
「そうだね。おやすみ」
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