第11話
*****
今日も部活に行こう、と教室を出たところで、一年生の教室が並ぶ廊下を、二年生のカラーを着けた生徒がシューズの音を鳴らしてボクにまっすぐに向かってくる。
二年生は廊下を歩くほかの生徒と肩がぶつかっても謝りもしないでまっすぐ、ボクの方へ来る。
ボクの眼前まで来て、睨みつけた。
「アンタ、開けたわね! 扉を!」
二年生は、あの悪魔・大槻弥生だ。
ボクの胸ぐらをつかむ。
「意味がわからない」
「意味? 意味ならあるわよ。アンタは地獄をこの羽根月学園につなげてしまった。扉をこじ開けてね!」
「地獄?」
「そう。〈虚妄防疫隔離室〉という地獄を! あそこは〈ワクチン〉が管理していたのよ。〈幻獣〉によって歪んだ〈虚妄空間〉に連れ去られたり負けたりして〈感染〉して生きた〈呪物〉になった者を幻獣の〈依り代〉にならないように、隔離する施設。それが〈虚妄防疫隔離室〉」
掴んだ胸ぐらを突き飛ばす弥生。
「〈協会〉のイヌめ! アンタはなんてことをしてくれたの!」
つき飛ばしたら今度は頬を、おもいきり、はたく。
痛い。
「アンタのルームメイトのところに行ってみることね!」
ボクに目を合わせずに舌打ちして踵を返す。
早歩きのスピードで、弥生は去っていく。
もう、ボクとは話なんかしたくない、という感じだし、ボクは言葉による追及も、追いかけることもしなかった。
会長に聞け、と言っていたな。
ボクは生徒会室に行ってみることにした。
頬はまだ腫れたままだけど。
*****
生徒会室前まで来ると、そこにはありあ先輩がしかめっ面をしながら腕組みをして立っていた。
仁王立ち、と表現したら怒られるかもしれないけど。
「平手打ちを食らったみたいね」
腫れた頬を手で覆うボクに、ありあ先輩は組んだ腕をほどく。緊張感が緩和したかというとそうでもない。
ピリピリしてるのは伝わってくる。
「先輩。そこをどいてよ。生徒会室に用があるんだ」
「そうはいかないわ。〈ワクチン〉のひとりとしてね」
頬から手を放し、こぶしを握る。
「先輩はあの〈悪魔〉とグルだったんだね」
「画材屋ちゃんと? まさか。でも、同じ〈ワクチン〉のメンバーなのは確かだわ」
ありあ先輩は絵筆をスカートのポケットから取り出す。新品の絵筆だ。
「魔法具なのよ。弥生の取り扱う画材は、ね」
「魔法具?」
「あなたの銃と同じ。魔銃とね」
「ボクが魔法少女だってこと」
「知ってるわ。飛んだ茶番ね。三文芝居は演じてるだけでうんざり」
ありあ先輩は、念を押す。
「いい? 生徒会にも会長にも会わせない。あなたは自分が誰だかすらわかってない。ねぇ、いいかしら? あなたは魔法少女なのよ? なにも知らないじゃ済まされないのよ。チュートリアルをスキップしてここまで来てしまったのが間違いね。いや、会長のおかした間違い、なのかしら」
「もったいぶるのはやめてよ、先輩。それに弥生……画材屋は会長のところへ行けと言っていた」
「わからない子ね」
「だいたい、知らない言葉が多すぎる」
「説明しろと?」
「行動じゃわからなかった。今もなにがどうなったのかさっぱりわからない」
「この学園は特別なパワースポットの上に成り立っている、というのは知ってるわよね。そのパワーを利用して、この学園の深部には〈虚妄防疫隔離室〉がつくられている。生徒の力を吸いながら、ね。逆に、この学園の生徒のエネルギーが楔になっている、とも言えるわ。生徒の力でつなぎ留められた〈虚妄防疫隔離室〉とはなにか。それは、わたしたちが戦う〈虚妄空間〉の毒に〈感染〉した一般人、または魔法少女を〈隔離〉する場所よ。虚妄に感染したものは、虚妄を作り出す。虚妄を作り出す存在を〈呪物〉と言い、彼女らは〈幻獣〉になる。〈幻獣〉にならないうちに保護しておいたほうがいいでしょう。あなたの好きな漫画だったら実際にその場所を見せるシーンでもつくってはい、ご説明、となるけれど、そんなもの見せられたものじゃないわ。えーと、ねぇ、あなたは生徒会長が魔法協会の偉い人の子供なのは知っているでしょう。その子とルームメイトの時点で、あなたは〈協会〉側の人間なのよ。そしてわたしと画材屋は〈虚妄防疫隔離室〉を担当する〈ワクチン〉の一員よ。あなたが戦ったあと、放置された魔法少女たちはどうなってると思う? 〈ワクチン〉によって〈虚妄防疫隔離室〉にぶち込まれているのよ。おあいにくさま。あなたは全然魔法少女を助けていない。彼女らの多くは、精神が崩壊寸前までいき、隔離室の重い扉の奥で唸っているわ。それこそ〈幻獣〉のように、〈幻獣〉のなりかけになって」
「そんな……。ボクがしてきたことは」
「無駄ね」
「魔法協会はこの羽根月学園に〈風説迷宮〉をつくっている。〈虚妄空間〉の謎を解くために、〈風説迷宮〉という〈呪物〉エネルギーの開放と、それを使っての実験を行う場所。それをつくっているのよ」
「実験?」
「〈ワクチン〉と〈協会〉の考え方は相いれないわ。でも、この学園内では、協力しあっている、と言えなくもない。実験というのは、残念ながら〈呪物〉を使った人体実験よ」
一呼吸おいてから、先輩はボクを指さす。
「会長は生徒会室の扉の中にはいないわ。昨日あなたが無力化して、わたしが捕まえた魔法少女『だったもの』が、〈風説迷宮〉に干渉して、その最奥に溶け込もうとしている。異物混入みたいなものよ。除去しないとならない。それに駆り出されて、にゃーこ会長は〈虚妄防疫隔離室〉に向かったわ。……あなたはどうする?」
指さした人差し指をぐるぐる回すありあ先輩。
「さぁ、どうする? 〈風説迷宮〉は〈鏡張りの世界〉よ。手助けごっこは終わり。自分の問題を解決しに、迷宮の〈瘴気〉に当たってくるのもいいし、協会流に〈呪物〉を殺害してもいいわ」
「殺害……」
「生徒会の、立派な仕事よ」
指していた指を下ろし、ありあ先輩はボクに選択を迫っていた。
「行く? 行かない? 画材屋に魔法少女に〈された〉のでしょう? あの女はわたしも気に食わないけれど、魔法具は一流のものよ」
差し出された手には、アクリル絵の具が掴まれていた。
「魔法円を描くのよ。地下の倉庫室で。扉は開けるわ。……画材屋が焦っていたのはね。もうすぐこの世界が終わるかもしれないからよ。均衡は崩れた。世界が終わらないとしたら、それは魔法協会の魔法使いたちがこの学園を隔離室ごと制圧するからでしょう。そのときはこの学園にいる魔法少女は全員、……捕まってモルモットとして生きるわね」
「ありあ先輩は? いかないの」
「自分の深淵をのぞくのはもう嫌気がさしたわ。だから、自分の生み出した〈見えない魔物〉からは逃げるし、〈感染〉したものを隔離室にぶち込むことをしているの。女子高生アーティストですもの。メッセンジャーが関の山だし、それ自体がわたしの役目。戦うだけが魔法少女じゃないわ」
ありあ先輩は絵筆をボクに放り投げた。
「絵具に希釈はいらないわ。地下倉庫に行くなり、この羽根月学園の外に出て、町からもいなくなるかしないとならないわね」
それから、とありあ先輩は付け加える。
「成長したあなたの漫画は、読んでみたい気はするわね」
ボクは頷く。
「自分の〈鏡〉との対話、負けないように祈ってるわ。待ってるから。あなたと、成長したあなたの描いた漫画」
そしてボクは、絵具と絵筆を持って地下倉庫へと向かう。
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