第9話

          *****




 プレコグ。

予知能力。

今回もにゃーこ会長の感知能力である〈カナリア〉は的中した。

〈カナリア〉は、プレコグの一種だけど、予知というより感知能力なのかな。

その〈カナリア〉が的中したのだ。

 ボクじゃなく、ほかの魔法少女の〈敵〉であって、だから残念ながら敵じゃなかった。

〈カナリア〉が察知し、告げた通りだ。

攻撃の〈声〉は、ボクにはどんどん響かなくなって、痛みが晴れてきた。

当然のように魔銃で撃ち抜くことができた。



 ボクに他人の痛みを理解できていないということと、目の前の幻獣を撃ち抜けるということは、等しいのだろう。

 痛みが理解できないから、容赦なく撃ち抜ける。

 長く生き続けるには、それは都合がいいのかもしれない。

 もっとも、ボクが生きているのか死んでいるのか、それはわからないけれども。

〈見えない魔物〉が可視化されたとき、その魔物の能力は正体を暴かれる。

 魔物の〈声〉が脳髄にぎしぎし響き渡らなくなる。

 そのときは、魔法少女の勝ちだ。

 今回も、ボクは勝てた。

 でも、ボクは今まで運がよかっただけだ。

いつも勝ててきたからって、次の戦いで勝てるとは限らない。


 今の戦い。『戦っていた』魔法少女が近くにいた、ということになる。


〈虚妄空間〉が解除された学校の廊下。

ボクはあたりを見回す。

 奥の階段の踊り場。

腰に手をあてて不遜に笑んでいる〈悪魔〉がいた。


「大槻……弥生っ」


 唇を強くかむ。


「強くなったわね、アンタ」


 余裕を持った調子で、弥生は鼻を鳴らした。


「どういたしまして」


 今にも殴りだしそうな自分を抑える。


「〈協会〉のイヌになったみたいじゃないの、まりん。アンタ、魔法協会に入ってなにをする気なのかしら。この〈風説迷宮〉の謎を解く、なんて考えていないでしょうね」


 弥生がボクを階段の踊り場から見下ろす。


「言ってる意味がわからない」



 たん。

 たん。たたん。たん。



 階段を片足でスキップするように降りていく弥生。

一段一段、ボクに〈悪魔〉は近づいてくる。


 たん。

たたたたん。

すたん。


「アンタは」


 階段を降り切って、両足を廊下に着けると、弥生は言う。


「寛解できるかしら。この病の寛解。寛解ってのは、治らないはずの病状が、とてもよくなること」


 気圧されそうになる。


ボクも床を踏みしめて、逃げそうになりそうな心を抑えて対峙する。


「病って、……なに?」

 弥生は心底楽しそうだ。

「魔法少女は、病よ」

「それって認知や言語野がズレていくことを言ってるの」

 なんでボクはこんな奴と会話しているんだ。

「そうね。〈見えない魔物〉にも〈病〉にも、せいぜい食い殺されないように気を付けることね。そして、〈わたし〉にも」

 そこへけだるい猫のような声が会話に割り込む。



「まりん。大丈夫なの。わたしは大丈夫だったのよ」



 とぼけたような、でも大きくて頼りになる声。

「にゃーこ会長」

 ああ。会長だ。会長がボクを心配してくれていた。

「ボクは戻るから」

「アンタがどこに戻るっていうの。わたしのところ?」

「違う! ボクの日常へ、だ」

「歯車が狂っていく、この日常に、ね。それもいいかもしれないわね」

 にゃーこ会長が弥生に言う。猫の威嚇のごとく。

「おい、悪魔! わたしのまりんに触れるのはやめるのよ!」

「……くだらない」

 弥生は言い返す。

「だってそうでしょう。魔法少女は不治の病。寛解をのぞいては死ぬまで治らないわ。こんな地獄から、逃げたいとは思わないの?」

「そこまでにしとけ、画材屋ちゃん」

 そこに重なるありあ先輩の声。振り向くと後ろにありあ先輩がいた。

「ありあ。〈協会〉のイヌどもは邪魔だわ。ほんと、なんでアンタはこんな薄汚いガキの肩を持つの」

 ありあ先輩は下を向いてため息をつく。

顔を上げてから一言、

「面白いからに決まってるだろ」

 と、弥生に向けて返した。

 会話が噛み合っていない。

全員が全員、隠し事をしながらしゃべっている。

それはボクもだった。

会話が噛み合うわけがない。

「寛解の前に、アンタらは死ぬわ」


 そう。

きっと、命を落とすか廃人になる。

会話が氷解することもなしに。

みんな、ひとりきりでなにかを抱えながら。


 ありあ先輩はにゃーこ会長に、

「部室、のぞいてみますか、生徒会長ちゃん」

 と、含みを持たせて言う。

弥生を『無視』するように、日常的な会話として、言う。

 会長が何度も頷くと、蚊帳の外に置かれた弥生は興味をなくしたかのように、

「画材が足りなくなったら言ってよね」

 とだけ言い放ってその場からいなくなる。

 ありあ先輩がボクの耳元で、

「虫よけをしたよ。もう、大丈夫」

 と囁いた。


その場の雰囲気を変える、言葉という虫よけスプレーをまいてくれたのか、ありあ先輩は。

「ありがとう」

 いつの間にか購買部で買った駄菓子の袋は先輩が持っていた。

「さ。部活に戻るわよ」

 うまうま棒を口に含んで、ルートビーアで胃の中に流し込むありあ先輩。

贅沢なお菓子の食べ方だ。

「生徒会が終わっても部活やっていたらお邪魔をするね!」

 にゃーこ会長が手を振るなか、ボクとありあ先輩は並んで廊下を歩いた。

「せいぜい、お邪魔をしにいらっしゃい、会長」

「ありあ先輩、今、なにか言いました?」

「ううん。なにも言ってない。空耳よ」

「空耳かぁ」

「たいていのことは空耳で済む話なの、知ってる?」

「知らない」

「じゃあ、防げないわね。戦いなさい」

「幻獣と?」

「自分の『過去』と」

 ボクは俯く。

「はい。そうですね、先輩」

「手、つなぎましょう」

「はい?」

 脇を歩いている先輩から、なにも言わず、差し出される手。

 どうするか悩んだけど、ボクは……。




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