第7話
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購買部でうまうま棒明太味を二ダース、それからルートビーア二本を買って、廊下を歩く。
廊下には夕日が差していて、生徒はまばらにしか歩いていない。
エスカレータ式とはいえ進学校の羽根月学園。
放課後の校舎に生徒はまばらである。
寮生には、寮でサテライト授業もできる環境があるし、図書館にこもって勉強するひともいるが、体育会系の部活動が盛んで、こんな時間に校舎をうろつく生徒はあまりいないのだ。
「疲れたのよー」
背後から声をかけられたかと思うと、振り返るより先に抱きしめられた。
「にゃーこ会長……」
「うー、生徒会終わらないぃぃ、勉強のお時間が減っていくのじゃよー」
ああ、そういうことか。
「もうすぐ二学期の中間テストですもんね」
後ろからボクを抱きしめている会長は、抱きしめるその腕の力をさらに入れる。
「紅葉を見に行くまえの、中間テスト。紅葉が終わったらクリスマスの行事でしょー。いろいろ、決まらないのよ」
顔を押し付けてわたしの背中にぐりぐりする。
「うまうま棒の明太味だぁ」
右手に下げた袋をひったくると、わたしから飛びのくにゃーこ会長。
「一ダースくらい、……いいよね」
「ちょっ、会長。ダメです。ありあ先輩に怒られちゃいますよ」
「うんにゃ。そりゃいけんとよ。二ダースもうまうま棒を買って、二人で何本のうまうま棒をその口に咥えこむ気なのよ?」
廊下にいる生徒たちが一斉にこっちを見る。
「会長、その表現はやめてください!」
「えー」
「なんで残念そうな顔をするんですか!」
「ユーモアのわからないひとだなぁ」
「ため息をつかないで」
「数学的なネーミングのジュースまで買っちゃって」
「ルートってそういう意味でしたっけ?」
「知らない」
「ググれよ」
「ググりませんよ?」
「ルートは根菜って意味じゃん。あと、サルサパリアっていうユリ科の植物も原料のひとつになってるのじゃよ」
「なぜそこでサルサパリアの名前をピンポイントで出すの」
「百合は外せない」
「渋い声で言わないでくださいって。なんの話ですかっ!」
うにゅにゅ、と言って今度は正面からボクに飛びつく会長。
「一緒に百合ろうよー!」
「ダメです」
「ラブな気持ちが止まらないの」
「大嘘だと思いますけど……」
「本気だってば」
「えー」
と、やり取りに夢中で気づかなかったが。
「にゃ、にゃーこ会長!」
「どうやら……」
空間が著しく変わっていた。
四方八方にあるスピーカーから〈声〉が張り巡らされる感覚。
あたりにピーキーなハウリングノイズ。
〈声〉はハウリングをまきちらしながら、ボクらを囲い込んでいる。
これは。
「まりん。〈虚妄空間〉に閉じ込められてしまったようなのよ」
空気は薄く、湿気の濃度が熱帯のようになり、そこに排水の匂いが混じる。空間は、暗く、温度は夏の夜の暑さで。
まだ、あの夏の物語が終わっていないと錯覚するに、それは十分で。
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