第6話

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 次の日の放課後。

ボクが描いた四コマ漫画のネームをありあ先輩は机の上に放り投げた。

「まりんは夢のある話が描けないの? そういうのを描くのやめて。想像力が足りないのよ、あなた」

「つまり?」


「ボツ」


 ボクはうなだれた。あー、ありあ先輩が喜ぶの描けないなぁ。

「わたしが満足する作品を描け、とは言わないわ。でも、こんなのじゃ誰もが不平不満を漏らすわ。正直、まりんに漫画を描く資格はない。楽しませようって気がないのよ。エンタメよ、エンタメ? 娯楽にならないでしょ。ブンガクになるかと言うと、それはならないって断言できるし。一体あなた、読者になにを伝えたいのかしら?」

 冷たい目。

真剣な目、とも形容できる。

「伝えたいこと……かぁ」

「悩むなよ、そこで! あなたはなんのために描いてるか自分でもわかってないのね。そういうのを表出っていうのよ、表現とは言わない! 基礎の前の問題だわ!」

 本日の部活動中も、ありあ先輩はボクに漫画の指導をする。

 ボクに教えながら自分ではハイレベルな絵画を描いているのだから、すごい。

「わたしはね、まりん。クリエイトについて教えているのよ。その心がけについて。いい? わたしはあなたの漫画なんてどうでもいいの。でも、つくるならば、『覚悟』と『勇気』が必要なの」

「覚悟と勇気……」

「わたしは中等部のときに、偉い人から『ゲームオーバーだ』と言われたの。そこで試合は終了。負けたから帰ってね、という意味合いの」

「だいぶストレートな言い方です……ね」

「わたしはアート以外に〈ワクチン〉と呼ばれる集団に所属している」

「ワクチン?」

 どこかで聞いたことがあるような。

「〈ワクチン〉は〈協会〉と対立する組織でね、そんなところに所属するからわたしは信用ならない人間だと認識されているの。ひとというのは噂話やくだらない議論をするものよ。その井戸端の中からの声に対して、押し黙って耳をふさいでも攻撃はされるの。当たり前でしょ。問題は自分が自分をどう思っているかじゃなくて、他人が自分をどう思っているかですものね。〈ワクチン〉に所属し、攻撃的な言動に対して対抗していれば、おのずと相手側からは加害者じゃないとしても潜在的加害者だと認識される。結果、多勢に無勢で被害者になるんだけれども、『都合が悪い』のでわたしは被害妄想者か、もしくは言ってることがおかしい誇大妄想者とされてしまうの」

「そのワクチンての、やめないんですか、先輩」

「できないわ。ワクチンとわたしは利害が一致している。一致している以上、辞めないし、それで世間と戦うことになっても、仕方ないわ」

「でも、展覧会では常にトップですよね……女子高生アーティストのありあ先輩は」

「だからよ。女子高生アーティスト、いかにも審査員ウケしそうでしょ。あとは、〈ワクチン〉なのを知ってる審査員の先生もいるから」

「複雑、なんですね」

 その〈ワクチン〉という組織がなんなのかは知らないけれど。

 でも、その〈ワクチン〉所属ということも評価される一因になっている部分もある、という意味なのだろう。

「複雑じゃない世界なんてないわ。……時に不毛である議論に巻き込まれたら終わりなのだけれど、ひとというのは押し黙っていても攻撃してくるものでしょ。それって、どの時代のどの国に言っても回避は不可能だわ。人間が人間である以上は」

「ありあ先輩は物事を考えているんですね。ひねくれているけど」

「ひねくれているは余計だわ! ったく、もう。そこからあなたの話に戻るけど、わたしはあなたが描く物語の、たまにふっと真実というか、未規定性の不条理な世界を垣間見れるところは、評価しているわ。ストーリーを紡ごうとしても語れない、あなたのようなひとが洋服だのドラマだのアニメだの昨日食べたスイーツだの素敵な恋愛対象といったロウブロウなことを普段、どうにか語っていて、だけど瞬間的に、そうじゃないこの世界の不条理に触れてしまうことは無意識なアートのできた瞬間そのものだと思うの。そういったものはブンガクってジャンルが、誰かしらをモデルにして紡ぎだすものではあるのよね。でもそれは当事者が意図的に書いているわけじゃないから。でもね、粗野でインテリジェンスのないまりんの表現が、わたしには『当事者』が描いた瞬間的で無意識なアートだと思うの。言い換えると……ブンガク的な意味合いでの、ハイブロウな、芸術」

「え? さっきと言ってることが」

 ボクは、もしかしてアートでブンガクなこと、描けてるのかな。

「だけど、失格。ダメ。ボツ。瞬きのその刹那の輝きだけで創作がやっていけると思ったら大間違いよ」

「ど、どういうことです?」

「粗野すぎてインテリジェンスになってないって言ってるの。そんなの芸術でもブンガクでもない。エンタメでももちろん、ないわ。まずは自分を高めなさい。刹那を、永遠の中に閉じ込めるの」

「意識を高くってやつですか」

「まあ、高い志は時として他人を蹴落とす思想にすり替わるけどね」

「じゃあ、どうしろと……」

「購買部で駄菓子でも買ってきたら? ちょっと、なによ、その目。お金は自分で出して買うのよ。でも部室で食べちゃダメだからね」

「うぃ」

「うぃ、じゃないでしょ!」

「は、はい」




 

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