ほろほろと、消えていく
「私と綾太さんは、去年の4月、私が峰ヶ原高校に入った時に出会ったんです」
世那はそう切り出す。綾太は、それを無言で聞いていた。
「出会いはそんなに劇的な物じゃなかったんですけど、なんだか日を追うごとに好きになっちゃって……」
「でも、俺の知っている峰ヶ原高校に守山世那はいない」
「そうです。多分ですけど、私の生きてた世界と、この世界は別なんですよ」
世那は、さっきまで赤面していたとは思えない程、あっけらかんとした態度で言った。
「世界が……違う?」
綾太は正直、それだけでは世那の言っている意味を理解できなかった。
「そうですね。分かりやすく言うと、今ここにいる私は峰ヶ原に進学したけど、この世界の私は、別の学校に行っているって感じですかね」
「なるほど。つまり、高校に進む地点で世界が分かれているってことか?」
「そうですね、だいたいそんな感じです。なので、この世界の綾太さんは、守山世那の事を知らないんですよ。付き合った記憶はおろか、存在に至るまで」
綾太は、世那に対して抱いていた違和感に少しばかり納得した。初対面とは思えないどこか馴れた感覚も、別世界の自分の物をなんとなく感じ取っていたのだろう。
「でも、世那はなんでこっちの世界にやってきたんだ?」
「……あの世界の私って、死んじゃうんですよ。不幸な事故があって」
綾太は思わず震えおののいた。今ここにいる世那が、世界で既に死んでいる。その事実が、心を締め付けた。
あくまでただの冗談であってほしい、そう綾太は思った。だけど、世那の声音は、綾太の希望的観測を打ち消していく。
「綾太さんは酷く悲しみました。三日三晩泣き続け、最終的には首を吊ってしまったんです」
「……」
「それに私も耐えられなかったんです。たとえどうなってもいい、最後は綾太さんに幸せになってほしい。それだけを祈った結果が、今の思春期症候群に繋がっているんだと思います」
「そうだったんだな……」
綾太は必死に平静を装っていたが、心は酷く怯えていた。どうなるか分からない不安感、何ひとつ考えられない絶望感。そんな綾太を、世那は抱き締め返した。半分くらい透け始めた、その腕で。
「綾太さん、私、そろそろ時間みたいです」
「待って、世那」
「ごめんなさい、綾太さん。だけど、幸せになって下さい。せめて、この世界では」
世那は涙を浮かべていた。どこか切ない瞳で、泣いていた。でも、綾太にそれを止める事はできない。ただひたすらに、消えかけた世那に体を委ねる事しかできなかった。
遂には世那が何を言っているのかすら、分からなくなった、聞こえなくなった。綾太の視界はいつの間にか涙で歪んでいて、もはや何がどうなっているかも見えない。
そうして涙が枯れる頃には、綾太の目の前から世那は消えていた。
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