なんとなく、好きでいて
帰宅して世那と食卓を囲んだ後、シャワーを浴びた綾太は、疲労感に身を委ねてベッドに仰向けに転がった。
「……疲れた」
幽霊と出会うなんて超常現象に直面して、綾太の体はいつの間にか重たくなっていた。
それに、馬乗りで幽霊に乗っかられているから、二重の意味で重かった。
「守山さん、これは何」
「金縛りって、一度やってみたかったんですよね」
「はいはい」
綾太は少々呆れながら、今の状況を受け入れることにした。だが、自然と嫌な思いはしなかった。
「ところで綾太さん」
「どうした?」
そう言ったかと思うと、世那は少しだけ頬を紅く染めた。
「……あの、私のこと、下の名前で読んでもらえませんか?」
穏やかに、だけどどこかいつも通りに、世那は言った。
「なんだそれ」
綾太は苦笑する。
「……なんとなくです」
「そっか」
数秒間、世界が沈黙する。少なくとも、綾太と世那はゼロの世界にいた。
「……世那」
その言葉は、意外とすんなり口からすり抜けた。下の名前で呼ぶことに違和感は無く、昔からそう言っていたような感覚だった。友達を呼び捨てにするように、寧ろそれよりも親しい間柄のような感覚だった。
「……なんだか、恥ずかしいですね」
綾太の上にいる世那は、照れて紅くなった頬を掻いてみせた。そんな世那を見た綾太は、ベッドから上体を起こして、なんとなく世那を抱きしめた。
「えっ、あの綾太さん!?」
綾太はそれを辞めなかった。むしろ世那が反応する度に、腕の力を強めた。それはただ何となく、ただ確実に、こうしたら何かが変わる気がしたから。そして、世那に好意を抱いてしまったから。
「世那、好きだ」
だから、それを言葉にした。初対面の少女、それも幽霊に告白するなんて、綾太は自分でもどうかしていると思った。だけど、好きという気持ちに、不純なものは一切混ざっていない。よくわからないけど、綾太は迷いを捨てて世那を抱きしめる腕をまた強くした。
「……あの、綾太さん。私も、好きです」
抱きしめられている世那は、綾太の腕の中で声を籠らせながらそう言った。
「ごめん、急で驚かせた」
「いえ、私は大丈夫ですけど……」
「そっか」
それを聞いて、綾太は、腕の力を少し緩めた。
「でもね、分かったんです、自分が今まで何をしていたのか。なんで幽霊になっちゃったのか」
世那は笑っていた。自分の事を好きだと言ってくれたからか、大きな問題が解決したからか。
「私と綾太さんって、恋人だったんですね」
もしくは、自分の恋人が目の前にいたからか。要因がどれかは分からないが、世那は穏やかな笑顔を見せていた。
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