ぷかぷかと、腰かけて

 綾太と世那は、校舎に引き返し、空き教室で作戦会議をする事にした。

「思春期症候群……」

 聞いた事のある言葉だけど、どこか浮世離れしているように感じた言葉。それが今、形となって目の前に現れている。

 簡単な話、守山世那は思春期症候群だった。いつの間にか記憶が消えて、峰ヶ原高校の校舎を浮遊していたらしい。さらに、自分の存在した記録そのものも、この世から消えているという。

 世那自身も、自分が何をしていたのかが、よく分からないと言った。

「全く、困ったものですね」

 世那は購買から拝借したコッペパンを咀嚼しながら、空き教室の教壇に腰をかけていた。幽霊のくせに、物に触れる事ができるらしい。

「俺には、全く困っているようには見えないんだけど」

「これでも困ってるんです!いい加減パン以外の食事がしたいんですからね!」

 頬を膨らませながら、世那はふんっとそっぽを向いた。

「ハイハイ、分かった分かった。で、俺は何をすればいいの?」

「そうですね、綾太さんが全校生徒の前で私に告白でもすればいいんじゃないでしょうか」

「断る!」

 綾太はその案をすぐに切り捨てた。

 今年の春、とある二年生が行った大事件なのだが、綾太にそれを実行するだけ精神力が足りない。

「それはダメだ、俺の高校生活が終わる」

「私はOKしますけれど?」

 小悪魔のように、世那が言う。浮遊しながらだと、本物のそれのようだ。

「……OKしたとしてもダメ」

「一瞬悩みましたね?」

「……悩んだ」

 確かに、世那は間違いなく可愛い方だ。明るいし、彼女にいれば楽しいのは間違いないだろう。

「だけど、賭けるものが大きすぎる。何より、成功するという保証が得られない」

「ちぇー……」

 世那は、口を尖らせ、不服そうな表情をしてみせた。

「というか、もう六時近いぞ。そろそろ俺を解放してくれ」

 綾太は背中を伸ばしながら、そう提案した。

「分かりました、じゃあ続きは綾太さんの部屋で行いましょう」

「えっ」

「当然でしょう、私だってずっとここにいると暇なんですよ」

 世那は束ねた自分の髪でくるくると遊びながら、少し寂しそうな顔をした。

「……分かった、じゃあさっさと行くぞ」

「分かりました、私は両親に挨拶に行くつもりでついて行きますね」

「あ、今日親いないから」

「……じゃあ、私は何されてもいい覚悟が必要なんですね」

「何もしねぇよ、バカ」

 手刀で世那の頭を小突く。全然力は入れていないのだが、世那はオーバーなリアクションを取っていた。

 それが何だか、綾太には懐かしく思えて、少しだけ口角が緩んでしまう。

 雨は、いつの間にか止んでいた。

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