パラレルワールドは、アナザーゴーストの夢を見ない

チタン

ふよふよと、突然に

 その日、瀬戸せと綾太あやたは幽霊に出会った。

 国民的女優にして、クラスメイトである桜島麻衣。彼女が、この学校で悪い意味で有名な梓川咲太との交際を世間に公表した、その翌日。

 だが、そんなスキャンダラスな事件があったにも関わらず、峰ヶ原高校は自然に、いつも通りの空気で下校の時刻を迎えていた。

 朝の天気予報が外れ、あいにくの雨模様となった放課後は、手が留守のまま、七里ヶ浜駅へ駆けていく生徒が多く見受けられた。きっと、彼らは傘を持ってきていなかったのだろう。

 その光景を尻目に、綾太は何となく持参していた傘を広げた。

「今日、傘持ってきて正解だったな」

 傘を差した綾太は優越感に浸る。今日ばかりは、自らの第六感に感謝をしようと思った。

 少しにやけそうになりながら、雨水を吸った地面を歩く。スニーカーの隙間から水が入らないよう注意しながら。

 十数歩歩いただろうか、そんな時だった。

「あ、ごめんなさい。隣失礼しますね」

 綾太の耳に、妙な女性の声が入ってくる。その刹那、茶髪でサイドテールの峰ヶ原高校の制服に身を包んだ少女が、綾太の右側に浮いていた。物理的に。

「……俺、疲れてるのかな」

 綾太は目を疑いたくなるような光景に、思考が断絶されたような気がしていた。

 やはり幻視か何かの類だろう、もしくは、眼鏡の度を間違えているかだ。そう思い何度か瞬きをしたが、綾太の視界から幽霊が消えることは無かった。

「なんだこれ」

 口からぽろりと言葉が漏れた。他の下校中の生徒は、この不思議な光景を気に止める事無く七里ヶ浜駅へ突き抜けていく。

 どうやら、幽霊が見えているのは綾太だけのようだった。

「……あの、もしかして見えてますか?」

 突然の超常現象に呆気を取られている綾太に、今度は幽霊が話しかけてきた。

「あまり信じたくはないけど、見えてます。足の先までバッチリと」

「本当!?良かった……」

 幽霊はふよふよ漂いながら、安堵して胸を撫で下ろした。反して、綾太は何が良かったのか分からず、曇った表情のままだった。

「貴方、お名前は何といいますか?」

 幽霊は綾太の表情もお構い無しに、飄々としながら名を聞いてきた。

「瀬戸です。瀬戸綾太」

「ふんふん、綾太さんですか。因みに、私は守山もりやま世那せなと言います。綾太さんと同じ、峰ヶ原高校の生徒だった者です」

 相変わらず浮いたまま、守山世那は不思議なオーラを醸し出して微笑んだ。

「……で、守山さん、何か用ですか」

 自己紹介だけで終わると思えなかった綾太は、頭の大きな疑問符を声に出した。

「ふふ、話の早い人は嫌いじゃありませんよ。さて、綾太さん。貴方には、私を救ってもらいたいんです」

 そう言った世那は少しばかり悪そうな笑みを浮かべる。だが瞳の奥は笑っていなかった。

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