星屑の子ども達

@jiji0616

Alnitak

第1話アルゲイバ

生きていくうえで持つ者と持たざる者は必ず存在し、人は人の中でさえ取捨選択される。選ばれなかったものは、淘汰されるしかない。それだけのことだ。

私が生きているのは地獄だから。そう言うより他なかった。


例え、どれだけ恵まれていようと。そんなものは関係がないのだ。皆地獄で生きている。私は、恵まれていることが幸せだとは思わない。幸せになれないから、ではなく幸せだと思うことができないまま私が私であるから、この世界は地獄なのだと、本気で私は信じている。私でない誰かがみな幸せであるかとそういうことではないが、私が私である以上きっと幸せにはなれないのだと、そんな確信さえ私にはあった。


「おはようございます」

広い部屋に、そんな声が響きました。

ああ、朝が来てしまった。また、私は私として……望月計都もちづきけいととして生きなければならない。どうしてこれだけは忘れることができないのだろう。どうして?何のために?


ただ、無意味に。

毎朝の小さな絶望なんてまるで知りませんと言わんばかりの静かな声で、朝食の支度が出来ていることを告げられます。人というものはお互いに無関係であるからこそ上手くいくものなのです。


寝癖がついたままの長い黒髪をかきあげながら制服にそでを通し、私は学生をまといます。そうだった、私は学生だったのだ。黒いセーラー服の隅にある月代つきしろ学園、と読めなくもない赤い刺繍をそっと指でなぞりました。

どうして、わからないんですか。

誰かが言いました。


わかってるって、わかりませんか?

私は答えました。


クシャリと歪む表情、白いスカーフを風になびかせて、どうせ、と続ける苦しそうな声。どうせ、_______


きれいに結わえられたおさげが舞い上がって、表情を隠してしまいます。聞こえません。なんて、言ったの?そう口を開く前に走り去っていく小さな背中。私は、私は人を傷つけてばかりです。


思い出した断片にため息がもれました。

忘れたいものほど忘れることができない。忘れたい忘れたいと念じて、自分の中に深く刻み込まれてしまうから。それとも本当に忘れたいものは、忘れたことさえ忘れてしまっているのかもしれない。なんて、哲学チックなことを考えてみます。


無駄です。どうせこれも忘れてしまうのです。

最近、どうしてか記憶の整合性がうまく取れません。何があったのか、は理解できます。でも、そのとき何があって、どうしてそうなってしまったのか、わからないのです。私の中の記憶はどうやら、一本の線としてではなく、割れてしまったお皿のようにばらばらでぐちゃぐちゃになってしまっていて、うまくいきません。割れたお皿の残骸を集めてつなげなおしても、元のお皿には戻りません。そう、どこかが欠けてしまうのです。私も同じです。どこかが欠けていて、どこが欠けてるかはわからなくて、かけたところを埋めることはできない。きっとそうなっているんだと思います。


それなのに。

それなのに、私は私が私であることを決してやめることができない。

不思議です。私が私であることをやめることができるのであれば私は何者にだってなれるはずなのです。どこにだって行けるはずなのです。言霊とはよく言ったもので、名前は呪いなのです。名は体を表す、と言いますがそれは嘘です。名が体を縛るのです。私は私以外の何物にもなれない。呪われているのです。呪われているから、目が覚めた時におはようございますといいます。眠くても目をこすります。制服に着替えます。


呪いに、名前という呪いに今日も殺されなかったことを祝って、おはようございますと言うのです。わかりません。何を言っているのか何を考えているのか、もう訳が分かりません。とりあえず、制服に征服されて、おとなしく学生というご身分に収まっている間は、きっと呪いにも私は打ち勝ってるはずです。いえーい。


長い廊下を歩いて一人ぼっちの食卓に、腰を下ろし朝食と思しきそれに手を付けました。

最近、思考の仕方がうまくいっていないように感じる。分裂している、というか考えこんでいる間に何かどうでもいいことを考えているような気がする。

ぼんやりしている時間が日増しに長くなっているようにも感じる。

今、これを考えている私は、本当に私だろうか。

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