第5話2.74mの箱庭、15cmの時間
天才とは何だろう。初めから上手くできる人なんていない、そんなどこにでもあるセリフをひっくり返してしまうような人のことだろうか。それともたくさんの失敗の果てにオリジナルを作り上げ、高みへ上っていける人のことだろうか。
私の天才の定義はこうだ。「それのためなら全てを捨ててしまえること。」
自分が愛し、好きなもののためならありとあらゆるもの、例えば友人関係、例えばはやりの遊び、例えば勉強、例えば将来、それをすべて捨てろと言われたら何のためらいもなく捨ててしまえる人のことを言うと思ってる。
大概の人は捨てられない。今が大切で今の自分の環境を捨てることは死を感じたりする人もいるだろうから。私は私のしていること以外にしか興味がなく、高みへあがるためなら魂を削りきることにしか生の実感がわかない、そんなやつを私は天才だと思ってる。そして私は、私も―――。
「じゃあ、卓球は新井と安藤なー。」
卓球部2人なら余裕じゃん、なんて声が聞こえる。アホどもが。
「あーちなみに。」
「体育館は午前使えないから午後から卓球は行われるからなー。」
「は?」
思わず声が出てしまった。は、え?適当にやって目立たないレベルで負けてやっぱブランクあると辛いわーで終わろうと思ったのですが??
「悠羽、見に行くからね!」
「や、他の行きなさいよ…」
どうやら、体育館で午前中にバレーを2面使ってやるらしく、それで午後から割球となるとのことだ。ちなみに午後からはバスケ、バレーが別体育館で決勝をやるとのこと。外ではソフトボールやテニスもあるらしい。
「どーせ、誰も見に来ないわよ。こんなスポーツ。」
というかべつに見に来なくてよい。見に来たところで面白味が伝わるとは1mmも思ってないからだ。
「ふふん、私は行くけどね。」
「それはそれはお暇なことで。」
感謝しなさいよー、なんて横でアホがわめいているがまあ無視しておこう。それに、あの咲奈が絡みに来ないとは珍しい。
「咲奈のやつ、なんかあったの?」
「なんか部活で来週大会あるらしいけど、部がまとまんないーみたいなこと言ってたよー?」
やはり予想が現実となったか。顧問は素人、経験者は少ない、オーダーも任せっぱなし、自分の練習もしたい、これらがまとまってうまくいかないんだろうね。
「助けてあげないの?」
栞が首をかしげる。
「別に。」
そう、別に助ける意味もないし、私にとってどうでもいいことなのだ。ダブルスの相手やオーダーを考える時間があるなら英単語や古典の単語を覚えたほうがよっぽど有用だ。ま、なんでもいいけど。
「悠羽、あのさ。」
だらーっと椅子にもたれかかっていると、後ろから咲奈に呼ばれ首だけ上げる。
「ほいほい、何さ。」
「ちょっとオーダーとか練習について聞いてほしんだけど…」
「うぇぇ。」
私はあからさまに嫌な顔をする。ふわふわと考えていた予想にまっすぐ来られてもこれだけ嫌にさせるとは。
「いーじゃん、聞いてあげるだけ聞いてあげよーよ!」
「じゃあ、栞が考えてよー」
「それはムリー!」
語尾を上げながら軽やかなステップでどこかへ行ってしまった。お調子者め。適当な頃ばっかり言って。
「それでな悠羽。このオーダーなんだけど。」
「待て待て待て待て。」
とっさに手を上げストップさせる。こいつには遠慮という概念は存在しないのか。私の心の濁りを見せられるなら見せてやりたい。もう限界に近いのだ。吐きそうだ。毎日毎日病んで辞めて逃げ切ったはずだったのに。
もう仲間を信じて練習もできない、自分の力も信じきれない。 卓球から離れることも戻ることもできない。卓球で遊ぶなんて、口が裂けても言えない。だらだらとやるなんて脳がいかれてもやれるもんか。
私はあのラケットに、白球に、青い台に、選ばれたはずだったのに。
まだ、私はあの時と同じように青い台の前にいる。あの頃、天才だと言い切れた幼くてもろい自分が。
「悠羽?」
下を向いていたせいで声をかけられてはっとした。そうだ、オーダーだかなんだかで話しかけれて、それでなんだっけ。
「2,4に経験者。ダブルスはあの後輩の経験者と組め。相性悪めならできるやつ探してダブルス特化型にさせろ。」
「1番は?」
「適当なやつ入れとけ。どうせ1番強い奴が来るでしょ?咲奈は負けて士気を上げられないし、2番で確実性を狙う。それも無理そうなら4番に入る。」
「5番は?」
「知らんよ。そこまで回ったら運命みたいなものだし。乗り気な奴ならアガる。緊張しいならサガる。まあまあできるやつ入れとくしかないでしょうね。」
「やっぱり悠羽はすごいな。ずっと私が1週間考えてきたことと同じ結論出しちゃうんだもん。」
私は正直書かれたノートを見てぞっとした。そのノートには自分なりに考えたオーダーまでの過程が何ページに及んで書いてあった。
結論は同じでもここまでいくその執念と努力に私は気圧された。純粋にすごいと思う反面、それが私が5秒で出した結論と同じでいいのかという自分への葛藤が入り混じった気持ちが渦巻いてる。
「体育祭、楽しみだね!ありがとうね!」
意気揚々と去っていく彼女の姿には何の迷いもなかった。
彼女は囚われてないのだろうか。遮光カーテンが敷かれた体育館に。
靴と白球の音が鳴り響く、あの台の前に。
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