第3話勝てたらいいだけの話

 昔はただ打つだけで楽しかった。

 だけどいつからだろう。勝てなくちゃ楽しくなくなったのは。

 

 勝ち負けがはっきりしてきたのは卓球を始めて3年後。初めて大会に出た時だ。サーブを打って相手が返してくる。それを何とか返すとコースを狙われ取れない。そんな繰り返しで負けた。それが悔しくて涙が止まらないほどだった。あのときはっきりした。スポーツは勝ち負けがあって勝たないと面白くないことに。

 そこからは自分が考えつく限り全力で取り組んだ。何の迷いもなく勉強もしなくなったしゲームも触らなくなった。小学生の自分にしては思い切った決断だったように感じる。ただあの日の自分に戻りたくなかった。


 次の大会では1回戦を勝ち、大いに喜んだ。けれど2回戦で負けてしまった。上には上がいてさらにその上にも上がいる。強さの階段は雲の上まで届くほど高くあって、自分がまだ初めの1段を上った程度だということを認識した。

 そこから何もかも変えた。卓球を考えない日はないほどトレーニングを増やし、素振りを行い、ご飯をたくさん食べ良質な睡眠を取った。勝たなければ、勝たなければ。自分で自分を脅迫しながら強くなるためにスキルを磨き、体力をつけた。

 中学3年間をすべてこのメニューに費やした。来る日も来る日も体を作り腕を磨いた。クラスで何があろうとどれだけいじめを受けようと気にならなかった。友達はいなかったがどうでもよかった。ただ勝つこと、それが人生の勝利条件にさえ思えたからだ。

 結果として残ったのは最高成績地方大会ベスト16。たったその程度だった。漫画やアニメなら全国大会に出てたランク入りしてるレベルだ。しかし現実は甘くなかった。体は体質のせいか、脂肪や筋肉がつかず体重は平均を大きく下回り背は伸びなかった。スキルは身に着いたがラケットを振る力が足りず足腰が安定しない、長期戦になると腕が振れなくなるなど平均を下回った。それでも地方大会まで行けたのはひとえに経験という名のセンスだった。今までの経験からの勘と相手の癖や構えを読んで逆を打つ技術。それでなんとかごまかしてきた。それ以上はごまかしは通用しないほどに強く一瞬で打ちのめされた。

 それでも、と高校でも卓球部に入った。推薦で行けるほど強くなかったため一般高校に入学したが地区大会で対戦したこともある人を見かけこれなら、と思いをはせた。咲奈もその1人だった。

 だがやはり現実は甘くなかった。所詮は県大会で1,2回戦上がれるレベルの人たちと私、そして高校から始める新人、何もかもがバラバラで部活で強くなることは早々に諦めた。

 結局私は部活には入るが1人で強くなるため近くの練習場に通うことにした。そこが分岐点になった。

 ある大人と練習している際に、言われた一言だった。

 「新井さんはさあ、センスだけで打ってる感覚あるよね。」

 「もう少し基礎を固めて技術を伸ばしていかないとね。」

 あと何か言われたが全く覚えていない。練習もいつの間にか終わっていた。

 一人で練習から帰る際に自分の中の何かが崩れていく感覚がじわりと湧いてきた。人の何かが変わる瞬間というのは他人が思ってるよりもあっけないものだ。

今までの練習、技術、成績、何もかもが無駄になった気がした。いや、無駄だったのかもしれない。中途半端な才能は才能とは呼ばない。この程度の才能は世界で見れば1億人はいるだろう。つまらない才能に溺れていた自分はなんて馬鹿だったのだろう、そう思うと自然に涙があふれてきた。悲しいのではなく、辛い。辛いのではなく、苦しかった。しかし次いで湧いてきたのは怒りだった。だったらなぜこの程度の才能に部活のあいつらは勝てないのか。答えは1つだ。甘いからだ。自分に。私程度の才能に勝てない奴なんて所詮遊び程度にしか勝ちたいと思ってないんだ。

 この答えにたどり着いたあの時が人生で一番「しっくり」きた。


 翌日退部届をだし、私は「普通」の勉強熱心な女子高生になった。

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