第7話 燃えよ腕

「ねぇ、アッキー、次、いつ会えるの?」


「あーん? そうだなぁ? ホテル代をピエロの奴が払ってくれた時かな?」


 キングサイズのベッドの上。

 ぴっちりと張られたシーツを申し訳ないくらいにぐっちゃぐちゃにした後、俺とユミは余韻に浸るように肩を並べて天井を見上げていた。


 今どき下品な回転照明なんてない。

 ミラーボールもお払い箱だ。

 ムードもへったくれもない、剥き出しの蛍光管がそこでまばゆく輝いフリッカしている。


 元はビジネスホテルだったのを改造したそうな。

 どおりでお値段がお財布に優しい訳だ。

 代わりにムードも糞もありゃしないが。

 というか、窓のあるホテルってそりゃどうなのよ。そういうプレイは燃えるには燃えるが、同時に嫌がる女も多いってのにさ。せめてカーテンじゃなくて、板でもはめときゃもう少し客の入りも違うんじゃないだろうか。


 何を考えてんだ俺は。

 ホテルの内装を心配して何になるってんだ。

 ったく。


 青志の奴に金を借りたので今日は節約。

 本当はロングでいい部屋を借りたいところだったけれど、二倍返しするには少しばかりヤメ時というのを見誤った。

 確率収束は試行回数により発生するが、収束が偏った場合はとっととヤメるのがギャンブルの定石だ。それを忘れて、いささかツッパり過ぎた。


「なにそれアッキーってばひどくない? ユミのこと愛してないの?」


「愛してる愛してる。愛してるから来いよって呼んだんだろ」


「それって都合の良い女ってことでしょ?」


 ユミはそう言って俺の下腹部を愛おし気に撫でる。

 事を済ました俺のそれはもう反応しない。いや、そもそものだが、それでも、俺の心はどうしても女を求めてしまう。


 何故。


 おそらく、俺がバケモノではないと証明するために。

 この設計された身体が不完全であることを証明して、そして、自分がやはり人間なのだと実感したいからだ。


 バケモノの癖に。


 アイツはもう割り切っている。自分というモノを受け入れた。

 ティーチャーもそうだ。とっくの昔に諦めて自分の在り方を認めた。


 俺はどうだ。

 俺だけがまだ、自分を肯定することができずに、あがいている。

 この地獄の中でまだあがいている。


 ――視界一切。


 広がるのは色気もへったくれもない無機質な白い天井。

 白けるってもんじゃねえ。この壁を見ているだけで昂りも治まる。

 ケチるにしても、もうちょっとやりようがあったような気がした。


 だから、俺が心配することじゃねぇっての。

 なんなんだろうね。まったく。


「……ねぇ、アッキー。延長しようよ」


 右腕に伝わる女の体温がより濃くなった。鼻をくすぐるのは、ユミが付けているきつい香水の匂い。よくこんなものを付けてOLなんてやっていられる。いや、SEだったか。なんでもいい。抱ければ、女なんて、その程度のものだ。


 身を捩らせて俺はユミから離れようとする。

 しかし、逃がすまじと彼女はすかさず二つの腕で俺の腕を絡めとってきた。あっと声を上げたうちに、足まで絡ませてきた。


 温いあつい


 その心地は俺が欲したものだ。

 どうしようもなく求めたものだ。

 けれども、今は要らない。


 既に俺の心は行為の果てに何もかも燃え切っていた。


 強引に、俺はユミを引きはがす。ボブカットにウェーブをかけた小悪魔系の彼女は、えっ、どうしたのと、くりくりと目を転がしたが――その仕草が計算ずくの激熱ガセ演出であることを俺はよくよく理解していた。


 この世に女心以上に面倒臭いものなどあるだろうか。

 股さえ開いてくれればいいのに。風俗嬢でもこちらは構わないのに。


 どうせ、人間お前たちとは体のつくりが違うのだから。


「鬱陶しいよオメー」


「……えっ、えっ、なに? アッキー、もしかして、怒ったの?」


「俺は今日は家帰って久しぶりに家族と飯食うの。入る時に行ったよな、三時間だけいい夢見ようって。なぁ、言ったよな俺」


「……うん。言った」


「覚えてんじゃんかよ。賢いな。流石、府内の大手メーカーの社内SE嬢は出来が違うわ。俺なんかより取引先の部長様のでも咥えこんでた方が楽しいんじゃない」


「……ちょっと。酷いよ、アッキー。なに、それ。私、悲」


「そういうのいいから」


 俺はベッドから起き上がるととっとと帰る支度を始めた。

 お気に入りのダメージジーンズに足を通して、着替えてきた黒地のTシャツと、赤いストライプの透かしが入ったYシャツを羽織る。

 それから、腕を捲って半そでにする。

 その間もユミの奴はびぃびぃと何か喚いていた。


 もう、この女とも終わりだな。


「なによ!! 私、デスマーチしてるところを半休使って出てきたんだよ!! 少しくらい優しくしてくれたっていいじゃない!! 私って、アッキーのなんな訳!?」


「オナホ」


 ユミが目を剥いていた。


 それは造った顔じゃないな。それくらいは、女心の分からない俺でも分かった。

 千年の恋も冷めるって奴だ。


 悪いね。しかし、いい夢が見れただろう。


「……最低」


「言い間違えた、動いて、喋って、五月蠅い、おしゃぶり穴」


「出てってよ!!」


 出ていくんだよ。俺は冷めた溜息と共にホテルの部屋を出た。ボスりという音が扉から聞こえてきたが、構っちゃいられなかった。


 歩きながら白と黒の市松模様の長財布の中身を確認する。

 二万円とちょっと。

 確かに、青志のための金はあった。


 ホテルから自宅に帰るまで、悪い気さえ起こさなければ、借金は返せるだろう。


「……悪い気さえ起こさなければな」


 四千枚出した後、五百ハマりしたあの台はどうなっただろうか。

 帰る前にちょっと様子を見ていこうか。もしかしたら、八百ハマりくらいで放置されていて、そろそろ確率が収束するかもしれない。なんてことが頭をもたげる。


 早く来いよエスカレーター。

 俺が変なことを考えない内に。

 下りのボタンを押し、赤い絨毯を眺めながらエスカレーターが上がってくるのを待つ。ヤニが切れたニコチン中毒者みたいに、俺は立ったまま足を揺らした。


 そんな時だ。


 足の揺れとは違う振動が、ズボンの中に揺れているのに気がついた。

 黒い角ばったスマートフォンを取り出せば――ちょっとない着信相手だ。

 それだけに、すぐに緑の応答ボタンを押下した。


「もしもし」


「もしもし、旭か」


「それ以外の誰だって言うんだよ。ふざけた冗談はよしてくれ」


「すまない、こういう機器の扱いは苦手で。それより、まずいことになった」


「んだよ。言ってみろよ。陸自からの協力要請か、それとも大阪府警か。警視庁まで出張。北海道警。なんにしても、今ちょうど暇になった所だ、出すもん出すなら何でもしてやる。お偉いさんのをしゃぶれってんならお断りだがな。けど、俺より先にアイツを通すのが筋じゃねえのか?」


「二体同時出現だ。それも、私の予定スケジュールにないね」


 嫌な汗が背中を走った。

 奴の予定スケジュールにない断罪者バケモノの出現だって。


 アイツらがいよいよ次のステップに進んだということか。

 それとも、奴の能力に衰えが見え始めたのか。

 あるいは――考えたくないことだが。


 なんにしてもホテルでうだうだとやっている余裕なんてある訳がない。


「……どこだ」


「行ってくれるかい?」


「タクシー代は陸自からゴネれるよな。なにせ、青志からこっちは金を借りてるんだ。場所によっちゃ二万なんてすぐに飛ぶ」


「……なにやってるんだよ」


「悪の組織を裏切った正義の味方。あと時々プレイボーイ」


 電話の向こうから聞こえてくる溜息混じりの返事には正直に言って腹が立った。


 だが、奴を誘ったのは紛れもなく俺だ。

 渋ったのを無理やり引き抜いた訳じゃない。

 同意の上だが、それでも文句を言うのは気が引けた。


 だから呆れの声に文句は返さない。


「……分かった、なんとかやってみるよ。場所は後でパソコンからメールで送る」


「口頭で。何時間かかるか分かんねえよ」


 溜息に対する意趣返しをやんわりと込めてやる。

 すると電話の向こうの男は黙り込んだ。


 それから――断罪者バケモノの出現位置を彼は告げた。


「スーパーバリュー布施東店、駐車場付近」


「……んだよ、俺らの生活圏内じゃねえか!!」


 ふざけんじゃねえぞ。

 ますますが高まちまったじゃねえか。


 しかもこの時間――。


「……青志の奴は?」


「いつも通りなら今頃その辺りだと思う」


「だとすりゃ十中八九だな」


「まだそうと決まった訳じゃない。予定スケジュールには、あの子の覚醒はなかったんだ」


「それは組織の襲撃の予定スケジュールだろう。青志の未来をアンタは視てない」


 黙り込むスマホの向こうの奴。

 これ以上の問答はもう無用だろう。


 滾る思いを胸の中に押し込んで、俺はスマホの通話を切った。

 とにかく、さっさと向かうしかない。


 エスカレータはまだ来ない。


「……くっそ!!」


 俺は踵を返すと、元居たホテルの部屋へと戻った。そして、扉を乱暴に開け放つと、ベッドの上でべそを掻いている、おしゃぶり穴を無視して窓へと近づいた。


 ビジネスホテルを改装してくれていて助かったよ。

 窓なんて無粋なもんを付けたままにしておいてくれてさ――。


あきら!! 戻ってきてくれたのね!!」


「いちいち喋んなおしゃぶり穴!! 今、それどころじゃねえんだ、危ねえからどいてろ!!」


 ハメ殺しになっている窓に向かって俺は飛びこむ。

 強化ガラスは――俺の燃える心に触れて一瞬にして飴色に溶解した。


 溶け落ちるべっ甲色した硝子の雨。

 それと共に俺の両腕が――マグマのように燃えていた。


 ――本質的性。


 燃えよオレ


◇ ◇ ◇ ◇


 何も難しいことはない。

 オレは静かな心で殺戮を行う。

 そのために、オレの体はできている。


「諸君、私は君たちに死を与えるために産まれしモノだ。ならば問おう――どのような絢爛なる死をお望みかな?」


 僕はオレの心に従ってそれを高らかに口にした。


 脆弱なる人間たちに、絢爛たる死を与えることこそ我が宿命。

 我が使命。

 我が生。


 そう、全てこの一瞬の連続に、オレの命が輝いている。


 一歩。

 そう、一歩だ。

 まるで華麗なダンスを踊るように、一歩、工場の合間に出来た路地裏を踏み出せば、僕を踏みつぶそうとした哀れな男が砕けて散った。


 たとば、そう、こんな死に方殺戮


「液体窒素を浴びせられた薔薇のように儚く崩れて死にたいか」


 あ、あ、と、詰まった声を上げたのはロン毛の男。

 阿佐美さんを撮ると言っていた男だ。


 なるほどこの男は汚らしくも股間を湿らせて俺を見ていた。


 違う、違う、それは違う、順序が違う。死に方殺戮の美学に反する。

 故に――。


 虚空を握りしめればそこに氷柱が発生する。削った鉛筆の先のように鋭く、育ち盛りの青年の背のように長く、我が心のように冷えたそれを、オレは軽く指先で弾くように、ロン毛の男に向かって差し向けた。


 避ける間もない。

 瞬きするよりも早く、彼の喉元を氷の柱が貫通する。

 まるで最初からそこに生えていたように、その首から氷の柱は生えていた。


 よろしいかな。


「美学がない人生に意味はない。故に、この男の殺戮にも意味はない」


 美学が秩序を造り、生を造り、死を造る。

 殺戮のために必要なのは美学である。


 


 華は散るから美しい。生は散るその時のために存在する。


 さぁ、正しき殺戮マーダーを!!


 一歩、再び踏み出せば、ロン毛男の喉を貫く氷柱が割れた。熱い血を噴き出して倒れたロン毛男を見て、ひぃ、と、残りの者たちが、美学ある悲鳴を上げた。


 よろしい。


「丸刈りの君。君の殺戮はどうだ」


「えっ……あぁっ!?」


 阿佐美さんをアザミさんと言った男だ。この男、多少間違っているが――よろしい、粗忽者がまず死ぬのは殺戮の様式に相応しい。

 さてならば、粗忽者はどう死ぬべき宿命か。


「粗忽者はどう死ぬ、どう死ぬべきか、さぁ、正しき答えマーダーを!!」


「あっ、あっ、俺、そんな、こんな、ことに」


「なるほどおしゃべり者!! そんな君には凍る吐息を贈ろう!! 殺戮マーダー!!」


 肺腑の中の空気を急速に冷却する。

 冷却により液状化した窒素、酸素が肺腑に入り込む。同時に、液状化に伴い収縮した肺がろっ骨からはがれる。声にならないか細い絶叫と共に、白い吐息を吐き出して丸刈りの君はその場に倒れた。


 よろしい!


「アフロの君」


「……えっ、おっ、俺?」


「君は賢そうだ。いや、事実賢明だ。阿佐美さんの美しさを唯一見抜いた。その慧眼は称賛に値する。いい瞳だ。そしてよい瞳というのは


 アフロの男には私が手ずからふさわしい死を与えてやろう。

 そう、阿佐美さんの美しさを称したことは素晴らしい。だが、彼女の氷像のごとき美しさと麗しさを知る者はこの世でただ一人で問題ない。


 あぁ問題ない。まったくもって問題ない。


 故に。


殺戮マーダー!!」


 オレはその瞳を凍らした。

 凝結した瞳はまるで複眼のように輝き、次の瞬間に弾けて消えた。ぼんやりとした暗い穴が現れたかと思うと、そこから赤い涙が溢れだした。

 眼球は人間の脳と密接に直結している。故に、その一瞬の消失と、絶対零度の衝撃は、アフロの君を一瞬にして精神的に殺傷せしめた。


 膝を折り、前のめりに倒れるアフロの君。

 紅色の熱い迸りが工場の路地裏に赤い河を造る。北欧神話に歌われるような勇壮な死こそ、この男にはふさわしいだろう。


 実に美しい死だ。


 よろしい!!


「モヒカンの君、そして、そり込みの君」


「えっ!?」


「おっ、俺たち!?」


 二人して名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、モヒカン、そして、そり込みの二人は、声を上ずらせてオレの呼び声に答えた。

 彼らの股間はじっとりと湿っている。


 今、まさししく、失禁している最中だ。


 そうでなくては。


 恐怖するのはこのタイミングでなければ美しくない。

 美学を解してくれて嬉しい。そして――。


「君たちは、はやくマワそうと言い出した」


「……あっ!!」


「ち、違う!! そ、そんな、あの!!」


「小学校で習わなかっただろうか、短気は損気と。君たちには忍耐と、そして人を信じる心が足りない。素晴らしい、そういう者たちは――何もしなくても殺し合う宿命殺戮だ!!」


 男たちの関節を凍結させる。

 氷を自在に操るオレの能力により作り上げられた球体関節。そう、僕の意により、彼らは動く肉人形と化した。


 両者、友人たちの屍の上で向い合せると、大きく手を振りかぶらせる。


「やめてっ!! やめて、やめて、やめてくださいっ!!」


「お願いです、おねがいです、オネガイデス!!」


「とてもよろしい!! 素晴らしい殺戮マーダーを!!」


 ごきり、と、骨が砕ける甘美なる音がした。

 二人は、お互いの顎と顎を、粉砕して、その場に絶命した。


 決して、人間の力では出すことのできない力を、オレの球体関節は生み出し、彼らの顎の骨を砂糖菓子のように、飴細工のように、粉砕せしめたのだ。


 とてもよろしい!!

 あぁ、とてもよろしい!!


 素晴らしい殺戮マーダーだ!!

 これでなくては、そう、これでなくてはいけない。殺戮の美学とは、こうでなくてはいけないのだ。ただの暴力ではいけない。より美しく、絢爛にして豪華な死を。美しき殺戮マーダ―を。


 そう、殺戮こそが人間に与えられた唯一輝くその価値ある瞬間なのだから。


 とてもよろしい!!


 ――死屍累々。


 死んだ男たちを睥睨して、オレはほくそ笑む。

 そして、それから……。


「……青志先輩」


「阿佐美さん。おぉ、もう大丈夫だ、何も心配することはない。君に降りかかった醜く汚らしい死の運命はオレの手により今を持って粉砕された」


 金髪の男に殴られて鬱血した顔をこちらに向ける阿佐美さん。

 その凛として凍り付きそうだった視線は、粗野な男の拳により滅茶苦茶になっていた。


 あぁ、なんて、なんて――美しくない殺戮だろう。

 このような殺戮を与えられたもうた魂はきっと、奈辺にも辿り着くことなく、現世を哀れにただ漂うことになることだろう。

 あまりにむごく、あまりに不憫だ。


 ならば――。


「さぁ、瞳を閉じて。治してさしあげよう。私はこんなこともできる」


「……えっ?」


「さぁ、オレを信じて、阿佐美さん」


 遺伝子レベルで植え込まれた超高速の再生能力。その譲歩は本質的に不可能だ。しかし、この力は――自分と接合している者に対して有効に働く。

 ゆっくりと、オレは阿佐美さんの制服の空き間に手を滑り込ませると、その痩せた脇腹へと触れた。熱いくらいの人肌を触れながら、オレは――。


「結着」


「あっ、ぁあっ、ぎぃっ、あぁっ!!」


「大丈夫、一時のことだ、我慢して、傷も残さない!!」


 絶対零度に冷やしたオレの手と阿佐美さんの肋骨の肌。その両者にあった水分が結晶化し、二人の体を接合する。そして、オレの中に流れる再生の力が、阿佐美さんへと流れ込み始めた。


 鬱血した顔が元の凛々しく冷たい女帝のそれに変わっていく。

 踏み抜かれて砕かれた肩が再生する。

 折れた鼻筋が戻り、あらぬ方向に曲がっていた右足が元通りになる。


 全て全て元通りだ――。


 久留木阿佐美はそこに美しく復活を遂げた。

 ただ一つ、恐怖と畏怖の表情だけ残して――。


「……う、嘘!! 青志先輩が、そんな、ば、ば、断罪者バケモノ!!」


「違うよ阿佐美さん。オレ断罪者バケモノではない、殺戮者バケモノだ。君たち、脆弱で、虚弱で、それ故に美しい者たちに――甘美なる殺戮を与えるためにこの世に産まれた者!!」


「甘美なる殺戮!? 嘘、何を――正気に戻ってください、青志先輩!!」


「嘘だなんて、そんな、悲しくなるじゃないか。これがオレの――」


 ――本質的性。


 そう、俺たちは断罪者などではない。処刑者サンソンに、一方的に駆逐される存在ではない。

 この地球に膿んだ人間たちを殺戮し、死を提供するための上位存在。

 地球上に現れた新しい被支配者。

 新たな生態系の頂点。


 人が家畜に死を与えるように。

 人が木々を焼き麦を刈り取るように。

 人がお互い殺し合い、命を奪い合うように。


 我々もまたそれを行う。

 そう、殺戮こそオレの使命、存在意義、支配こそ、オレの宿命なのだ。


 故に――。


「美しい君。そう、久留木阿佐美」


「ひぃっ!!」


「君にはオレが永遠にその美を残す死を与えよう。さぁ、殺戮をマーダー殺戮をマーダ^殺戮をマーダー!!」


 ――絢爛殺戮。


 オレはそのまま彼女の肋骨から手を上へと挙げると薄い膨らみにそっと手を添えた。

 萌黄色をした可愛らしいブラジャーをまさぐり、甘美なる蕾に指先を這わせる。冷たい指先がふれれば、ついさきほどまで一つだった彼女の体は電撃が走ったように震えた。


「あっ、いや!! いやです、青志先輩!!」


「大丈夫。息をする間に全て終わる。さぁ、最後の口づけを――」


 そう、僕が彼女の柔らかい唇に死の接吻をあたえようとしたとき。


「ダメだぜ青志。女の子はもっと優しくデリケートに扱うもんだ。でないと、プレイボーイは務まらない」


 些か早い夕日が路地裏に差し込んだ。

 その眩しい紅蓮の中に――そいつは二つの脚で立っていた。


 マグマのように燃え滾る両腕。

 胸の間中で渦を巻く紅色の七つの玉。

 獅子の如き鬣を天に向かって逆立てて笑う大口の者。


 むせ返るような熱風が路地裏に吹き込む。

 同時に、冷めたこのオレの心に、それは吹き込んできた。


 鬱陶しいまでの熱風。

 青い瞳が割けた口の上でこちらを睨みつけてくる。


「……火炎男ヘクセ!!」


 腕の中の阿佐美さんがそいつの名を告げた。

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