第5節

 大学に入学して、彼女と再会した。私が知っていた朋花は小柄でショートカットで眼鏡をしていたけれど、大学で再会した時は背が私よりも高くなり、腰の上まで髪が延びていて、眼鏡もしていなかった。

 久しぶりの再会は本当にうれしかった。人と関わるということがどれだけ希薄になっていたのかと思ったほどだ。それは彼女も同じだったようだった。

「朋花は大学に入りたがっていたけれど、実際に入ってみてどう?」

「うーん、まだ教養科目とかあるし何とも言えないかな。先になると専門的なことになるから楽しいと思うけど」

「もしかして、自殺のこと?」

 私の質問に朋花は少しはにかみながら頷いた。

「だって、それのために大学に入ったんだもん。今は自殺だけじゃなくて死についても興味があるけど」

 彼女が知りたかったのは自殺や死についてだったけれど、本質的には「生」について知りたかったのだと思う。くだらないと笑い飛ばされながら、人類がずっと考えてきたもの。いまだにわからないことだけれど、彼女の「生」に対してオアシスが与えたものは大きかった。

 大学の授業で私と朋花は同じ授業だった。ある日、その授業でオアシスが取り上げられ、オアシスが人類に与えた功罪をレポートにまとめる課題が出された。その課題のレポートに彼女は、オアシスが人類に与えたものは害悪でしかないと書いて提出した。メリットを書かなかったことで評価は全く良くなかったけれど、彼女はそれでいいと言っていた。

 彼女はオアシスが彼女の父親を「受け入れて」からオアシスを敵視した。オアシスへ入ってしまうと、人間のあらゆる器官はオアシスの奴隷になると彼女は言っていた。痛みや感覚を何かの機械に委ねてしまうのは自己の否定だと。そしてそれを許してしまう思考さえ異常だとも言っていた。

「人間が死ななくなってかなり経つけど、オアシスが本当に死の代替になってると思う?」

「うーん、それって人それぞれなんじゃないかな。自殺する理由にしても、現状から逃げている面が強いでしょ?それなら、わざわざ死ななくても、ある程度先の見えているオアシスの方がが良いと思うんじゃないかな」

「オアシスを完全に私たちの生活の中に受け入れてしまうことは、私にとっては死ぬことよりもつらい。それならいっそ、死にたい」

「オアシスが生活を豊かにしているのは事実でしょ?」

 わたしが問いかけると、彼女は少し首を傾けて言った。

「だったら私たちが生きている意味みたいなものを考えればどう?」

「どういうこと?」

「私たちは生きても死んでもオアシスへ行っても、誰も困らない。それだけ私たちの価値なんて無くなってるんだよ。だったら、ダラダラと先が続いているオアシスよりも、完全な終わりである死の方が良いんじゃないかな」

 あの時何と答えたのか忘れたけれど、人それぞれ、とでも言ったのだと思う。

 人それぞれ、これは間違いない。そして朋花は自殺を選んだ。

 オアシスへの敵視を表立ってするようになったのは、彼女が中学の時からだったけれど、ちゃんと聞いたのはあの時が初めてで最後だった。死にたい、と言った彼女の声には抑揚が無かったけれど、間違いなくあれは本心からの叫びだった。

 首吊り。彼女曰く、一番手軽で苦痛も無く、世間一般で言われている死体の汚さも工夫すれば問題なくなるという素晴らしい死に方。一番楽かは覚えてないけれど、楽な部類だったと思う。そんな死に方で、生きることも、オアシスへ行くことも拒否した彼女はどんな景色を見たのだろう。生きる価値を求めて死んだ彼女は、死ぬことで価値を見出せたのだろうか。それとも、これは私が勝手にしている妄想で、全く違う理由が彼女に自殺の道を歩ませたのだろうか。

 何年も吸っていなかった煙草を咥えながら、私は彼女の残した手紙をまだ封を切ることなく見つめている。

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