第5節

 達樹が家に帰って来てから数週間ほど経った日、達樹が大学を辞めた。そして程なく、達樹が家に帰ってくるとオアシスへの意識摘出を受けると言い出した。理由は聞くまでもなかった。

 美玖はしきりに理由を聞きたがっていたが、達樹は理由を言おうとしなかった。美玖はそのことがショックだったのか、俺に対してありったけの罵声を浴びせた。それは達樹が抱いていた感情だったのだろうと思うほか無かった。

 達樹はすぐにでも摘出を受けると聞かなかったが、とりあえず数日待つようにさせた。そして、俺の部屋に呼んだ。

 俺の机の前に立ち、座る俺を見下げる達樹に、俺は何を言えばいいのかわからなかった。それほど達樹は憔悴していた。

 達樹が摘出を受けると聞いて思ったことは、達樹に対しての後悔だった。達樹は俺の道を繰り返している。それどころか、絵に対しての情熱はあの時の俺以上だ。俺はそのことを知っていたし、俺のようになることを恐れた。だが、何をするでもなく、単純に達樹の夢を快く思わない馬鹿な父親になってしまった。

 目の前の達樹に対してかける言葉を探していると、達樹が口を開いた。

「どうしても止めたいの?」

 達樹は静かな声で訊いた。

「摘出するんじゃなくて……」

 つい口にしかけた言葉を止めた。俺の中にふっと落ちるものがあった。

 他のことじゃダメなのか?と言おうとした。良い訳がない。それは今までの達樹を否定する言葉だった。これ以上達樹の生き方を否定してどうするのか。達樹の生き方だ好きにすればいいと言いながら、こうなったのは俺のせいだ。

「いや、オアシスで何をする気だ?」

 不思議そうな顔をみせた達樹だったが、すぐに答えた。

「うん。オアシスは何でもできるって言うから、絵を描きたい。大学辞めといて、父さんと母さんは反対するかもしれないけど」

「大学はそんなに息苦しかったのか?」

 酷かもしれないが訊かずにはいられなかった。

「まあね。評価されないだけならまだしも、描くことを否定されたのは初めてだったから。卒業してもあんなこと言われると、描くことそのものが嫌いになりそうだし」

 なんでもないことのように話す。俺は情けないことに泣きそうになった。

「そうか……」

 俺は立ち上がって後ろを向いた。

「親なら、こんなことでへこたれるなとか言うべきかもしれんが、俺は言う気になれない。もうこんな風に会えないと思うと悲しいし、母さんの気持ちもわかる。だけど……、思う存分描いたらいいさ」

 後ろで達樹が驚くのがわかった。

「頑張れよ。俺は応援してる」

 本当にこれで良いのかわからない。ただ、達樹を応援する気持ちは間違いなく本物だし、達樹が真剣に絵と向き合う姿はあの時の俺に足りなかったものだ。いつか必ず、俺が出来なかったことをしてくれる息子に対して、俺だけは絶対に味方であろうと心に強く思った。

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