第4節

 達樹と俺が話し合うことなく時間は過ぎ、達樹は無事に大学に入学した。それと同時に達樹は家を出た。美玖は俺の過去を知らない。そのせいもあって、達樹が家を出てから暗くなり、俺と話すことも少なくなった。もっとも、元に戻っただけなのかもしれないが。

 達樹が家を出て3年経ってから、達樹が初めて家に帰って来た。態度は相変わらずだったが、俺に話したいことがあるようで、いつかのように俺の部屋に入って来た。俺の前に立つ達樹は以前よりも痩せたようだった。もともと痩せ形であったのが、さらに細くなり、髪も昔のような若さを失っていた。どう見ても疲れている。

「父さんって昔絵を描いていたのか?」

 おもむろに口を開いた達樹の眼は俺をしっかりと捉えていた。

「……どこで聞いた?」

「学校。先生の中に父さんを知ってる人がいた」

 俺は心当たりのある名前を口にした。達樹は頷いた。

「そうか……、あいつお前の学校にいるのか。大学は違ったけど、俺のいた美術部とよく作品を出してたからな。元気なら何よりだ」

「そんなこと話してない」

 静かな声だったが、力強かった。

「父さんも絵を描いてたなら、どうして俺が絵を描くことを応援してくれなかったんだよ」

「……何かあったのか」

 達樹は何も言わなかった。だが、その沈黙が何があったかを表していた。

「お前の描きたい絵を否定されたか?」

 かなり間を開けた後、俺は達樹に訊ねた。小さく頷き返された。

 スランプに陥ることはよくある。描きたい絵が描けない。描いても納得できない。そんなことは多分達樹は何度も経験しているだろうし、そんなことで俺のところに来るほど弱くない。俺も絵を描いていたことを知り、どんなものよりも誇っていたはずの自分の絵を否定される、俺の恐れていたことが起きてしまったことは容易に想像できた。

 達樹は自分の自信作をいとも簡単に否定されたようだった。言葉にすると簡単だが、達樹の口から出る言葉はただの言葉ではなかった。すべてが痛みを持ち、叫びたいという欲求すら感じられた。だが、達樹が叫ぶ手段は徹底的に否定された。もう達樹は自分の言葉を持っていなかった。

 ここまで来てはじめて俺は自分が過ちを犯したのだと気づいた。達樹が本当に求めていたものは、絵を描くテクニックでも他人の評価でもなかった。ただ一言、頑張れよ、という言葉だけだった。

 今さら俺の過去の話などする気にならなかったが、俺は簡単に話した。俺が達樹の絵をどう思っているかも。達樹は真剣な顔で聞いていたが、俺が話し終わると何も言わずに出て行った。達樹の背中は、もうすでに何もかも手遅れだということを表していた。

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