第3節

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。こう思うたびに、どこか俺の身が切られるような気持ちになった。俺がこんなに反対するのにも理由がある。

 達樹が絵を好きになったのは不思議ではなかった。寧ろ必然ですらあった。俺も同じような夢を持ったからだ。

 きっかけはわからない。ただ、気が付けばよく絵を描いていた。初めは端末で描いていたが、昔はキャンバスや紙に描いていたと知ってわざわざそれを取り寄せて描いていたほどだ。別に才能があった訳でもないので、ただの趣味としか思われなかっただろうが、俺は本気で絵を描いていた。だが学校を達樹の様に美術系に絞る勇気は無かった。結局、工学系の大学へ進学したが、美術部で絵は描いていた。

 大学在学中に友人が有名な賞を受賞し、その絵が出展される美術展があるというので行ったことがある。正直、そこに出品されている作品は無価値だった。非常に有名な美術展であり、大物の画家も出展していたのにだ。理由はすぐにわかった。どこを見ても主張が無かったからだ。昔の作品の模倣だけで、オリジナリティが無かった。発展することを止めてしまった絵ばかりだった。

 その前にも何度か展覧会に参加もしていたが、自分や、参加している展覧会のレベルが低いのだと思っていた。著名な画家の絵が霞んでしまうのは、その絵を生で見ていないからであり、目の前で観ると、端末に入ってくる数字の羅列ではなく、その絵の躍動が伝わるのだと思っていた。それが現実では違った。俺の芸術的センスが優れているとは思わないし、ただの僻みではないのかと言われればそうなのかもしれない。ただ、それでも息子の素晴らしい作品をこんなところに出して汚したくはなかった。

 達樹の絵はこっそりと見ていた。感性が似てしまったのか、俺好みの絵だった。だが親であることと俺の好みを抜いても達樹の絵はまさしく芸術だった。達樹を一番応援しているのは俺だと俺は言い切れる。

 俺は達樹にどうして欲しいのかぼんやりと考えた。達樹には好きなことをして欲しいし、俺を嫌ったままでも構わなかった。ただ、達樹が絵に対して失望するようなことだけはして欲しくなかった。そうなるくらいなら、自然に絵に対して興味を無くし、新しいことを始めてくれる方が絶対にいい。

 何が最善かなんてわからないが、そのことだけは確かだった。

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