第7節
決行の日。場所は私たちの居場所である夜の校舎でしたかったけれど、誰にも見つからない可能性を考えてそれぞれの家ですることになった。
私は彼女からもらった薬のケースを眺めていた。中には何の変哲もない錠剤が何十か入っている。これを残らず飲むというのは少し不安だった。彼女はゼリーとかといっしょに食べるといいと言っていたけれど、できれば他に何も口にしたくなかった。
小さくメロディーが鳴る。彼女からオアシスで連絡が来た。いよいよ時間。
普段は仮想世界で話すけれど、薬を飲むためにテレビ通話だった。
『準備できた?』
「うん。大丈夫」
テレビ越しに見る彼女はいつもよりも緊張しているように見えた。
『一気にこの薬を飲む。そしたら、あとは部屋でじっと待つ。その時まで』
彼女が手順を確認する。その声すら少し震えている気がして、儚げってこんな風なものなのかなと漠然と思った。
『じゃあ、切るね。必ず成功させよう』
「待って」
彼女が端末に手を伸ばしかけたところで、私は静かに声を上げていた。
「どうして、こんなことを?」
私がずっと抱えていた疑問。彼女がその笑顔で隠していた答えを私は知りたかった。
「こんなことしても陽菜には何の得も無い。なのにこんなことを……。どうしてそこまで?」
彼女は私をじっと見据えたまま固まっていた。だけどしばらくして、彼女はあの笑顔を見せた。彼女の表情が見えなくなる。
『私がこんなことをするのは美月のためだよ。前にも言った通り、美月は私の親友で特別だから』
いくらバカな私でもそれが嘘だということはわかった。だって、私をいじめているのは彼女だから。
気付いたのは結構前だった。いじめて来る奴なんかいちいち気にしなかったのだけれど、私の端末のメモに直接悪口を書かれて気付いてしまった。私の端末の暗証番号を知っているのは彼女しかいなかった。でも、盗み見されていたかもしれないし、何か別の方法があるのかもしれないと勝手に思っていた。何より彼女を疑いたくなかったから。
だけど、不思議と怒りも悲しみも湧かなかった。彼女の目的なんてずっと前から知ってるし、彼女が私を助けてくれているのも事実だったから。そして何よりも、そんなことはもう関係無かった。
「そっか。ありがとう。本当に……」
私が返すと彼女もホッとしたようだった。
「じゃあね」
端末を切って、薬のケースを持ってベッドに座る。彼女が薬を飲まない可能性も頭をよぎったけれど、絶対に無いと確信できた。根拠は無かったけれど。
薬を無理やり飲みこむ。水も使わずに。他に何も使わずに。
吐きそうになるのを抑えながらなんとかすべて飲み込んだ。
もう戻れない。なんだか名残惜しいような気もしたけれど、私が生きていたところで何も残せない。死んだところで誰も困らない。この世界で本当に必要な人なんていないのだから。
そんなことを考えていると視界がかすんできていた。もう本当に戻れない。どうしたらよかったんだろう。どこでこんなことになるって決まったのか。何もわからないけれど強く思うことがあった。
さよなら、私。
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