第5節

 クラスが変わってしまってしばらく経った時、私に対していじめが始まった。きっかけとかは全くわからなかった。いつも通りに学校に行って、教室に入ると空気が違った。私を拒絶していた。彼女の空気はいつもと変わらなかったが、それが私への壁になっていた。

 いじめの内容は主にコミュニティでの悪口、現実世界での拒絶や、どこで暗証番号を手に入れたのか、私の端末にわざわざ直接悪口を書き込んできたりと、あまり変わり映えしないものだった。変わり映えしないのに、いちいち精神を削られているのがたまらなく悔しかった。

 学校に行くのが辛くなって、でも行っていたのは彼女がいたからだと思う。彼女は私がいじめられるようになっても頻繁に会ってくれた。ますます私は彼女に傾倒していった。

 私へのいじめが始まってしばらくして、もう私のすり減らすものが無くなりつつある時、彼女はオアシスの意識摘出について話し出した。

「オアシスへ意識を移すことはね、究極的には国へ身を委ねることなんだよ。そこで思考すること、話すこと、こんなのがすべて国に管理される。いつでも国の好きなタイミングで殺すことが出来るし、国にその意思が無くてもオアシスそのものが壊れてしまえばどうすることもできない。」

「陽菜は国とかそういうのは嫌い?」

「別に。どちらでもないよ。ただ、永遠なんて無いことはわかってる。国も一緒。それなのにオアシスを頼るのは強くないとできないと思う。自殺する方がはるかに簡単だもん。何も考えなくていいし、何よりも終わりは自分の意思だから」

 この日の彼女は全く笑わなかった。ずっと真剣な表情だった。

「大人はオアシスが逃げ場所だなんて言ってるけど全然違う。あそこは逃げずに留まって逆転するための場所だよ。体を捨ててでも逆転しようとする人が行くところ」

 彼女がオアシスを肯定的に捉えているのは初めてだった。否定したことも無いけれど。

「珍しいね。オアシスを肯定するなんて」

 私が呟くと彼女はその日初めての笑顔を見せた。

「最近人を観察していて気付いたんだ。人が弱いのはわかり切っているけど、強くなる時っていつだろうって。オアシスへ意識を移す時だよ。オアシスは逃げ場だとか言ってるのは、本当の強者か何も知らない愚者かどちらかだよ」

「でも死ぬのは怖いよ。オアシスへ行く方が楽に感じるけど。実際に自殺率は減ってるって陽菜が言ったんだよ?」

「それはオアシスがどんなところか予想がつくからだよ。コミュニティの延長空間で、誰もが優しく、幸せな世界という触れ込み。でも、実際には死んだ方が楽だよ。先を見なくて済むからね。死ぬ勇気も無い奴がオアシスへ行ったら地獄だよ。飼い慣らされる犬になるんだから。感覚も思考もすべてが自分じゃない」

 私は彼女のはっきりとした口調に圧倒された。そしてその瞬間には、彼女が次に言う言葉がわかっていた。胸が苦しくなる。

「一緒にオアシスへ行かない?」

 私は一気に溢れて来る涙ををそのままに頷いた。何度も。それを見た彼女はまた笑った。卑怯でとんでもなく素晴らしい笑顔だった。

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