第2節

 今思えば、あれは彼女が見せた初めての姿だったのだとはっきりわかる。

 あの質問があってから数日後に、彼女は私を夜の校舎に呼びだした。

「ごめんね。急に呼びだして。お母さんとかに何か言われた?」

「ううん、大丈夫。学校に忘れ物って言ったから」

「そっか」

 彼女は頷きながら校門に近づいていく。校門は閉まっているが、私はそのあとについて行った。

「親に嘘ついといてあれだけど、夜の学校って入れるんだね」

「警備ドローンとかがあるらしいけど、私は一度も見たことが無いな」

「えっ、何回も入ってるの?」

 私が驚いて変な声を出してしまうと、また彼女は素晴らしい笑顔でクスクス笑いながら頷いた。

「何回もね。入るのは大したことじゃないよ。監視カメラとかあるから多少は注意しないといけないけど、場所なんかは昼間の授業の時に覚えたし、もし見つかってもそれこそ忘れ物したって言えば怒られて終わりだよ」

 なんでもないことの様に言いながら、彼女は校門のすぐ横にある柵を乗り越えて入って行った。私は誰かに見られていないか、すぐそこにある監視カメラに写っていないかドキドキしながら乗り越えた。

「ねえ、どうして私を呼んだの?何かあるの?」

 校舎の窓から入って学校中を散歩しているようにしか見えない彼女に、私は声を掛けた。

「ふふ、なーんにも無いよ」

 彼女は悪びれるでもなくいつもの調子で答えた。流石に私も口にはしなかったが、腹は立った。

「え?それってどういうこと?」

「だから何も無いの。ただ、美月と話したくなって」

「それならオアシスでいいじゃん。どうしてわざわざ呼び出す必要があるの?」

 私が普段出さないような強い口調で言っても、彼女は全く悪びれなかった。楽しんでいるようですらあった。

「だってオアシスで話すよりも会って話す方が確実でしょ。オアシスを通して話すよりも親友って感じがするし」

「親友?」

「そう、親友。美月は私の親友って思ってるし、美月もそう思ってくれてると思ってる」

 そう言って彼女はいつもの、満点の笑顔を見せた。そんな笑顔を持つ彼女と私は親友。特別な関係。このことが私の怒りを打ち消した。私はそのことに喜びすらした。

 このことがあってから、私と彼女は何度も夜の学校で話した。

 今思えば、その時も彼女の私への観察は続いていた。

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