第5節
先輩は意識摘出を受けた。受けるときの付添人は断ったらしい。ただ、最後に先輩は俺たちに対して手紙を残した。内容は俺たちへの挨拶に感謝と激励、謝罪だった。先輩の行動を非難する人間は少なくとも俺の周りにはいなかった。全員が先輩が意識摘出を受ける理由を理解した。それは俺たちが研究する意味でもあるからだ。
オアシスに意識を移植しても、俺たちとの会話はできる。ただ、会話の相手が現実に存在しないだけ。だから俺たちは何度も先輩との会話を行おうとした。だが、俺たちに会うことを先輩は拒否した。こういうケースは珍しくなかった。実際に他の人間でもそのようなことが起きていた。
オアシスの中で行われていること。
これは政府へシステムを譲渡するときでもブラックボックスとして扱われているとの話で、当然ながら俺も知らない。だからこそ先輩は知りたがった。先輩は俺たちに対してこのことを報告するとは言っていなかった。だが、当然に俺たちは教えてもらえるものだと思っていた。
俺は先輩を実験台として扱ってしまったのではないか。基本的に意識摘出を行えば、元の身体に意識を戻すことは出来ない。一方通行にも関わらず、俺たちは先輩が決めたことだからと先輩を実験台として扱った挙句、その先輩から見放された。いや、見放されただけならばまだいい。オアシスで行われていることがわからない以上、本当に先輩の意思で俺たちとの会話を拒否しているのかわからない。だとすると、俺たちは先輩に恨まれたとしても先輩の意識摘出を止めるべきだったのではないか。
誰もが人に優しく、幸せな世界。
この触れ込みはどこまで本当なのだろうか。オアシスに意識を移植し、オアシスで生きるとはいったいどんな意味を持つのだろうか。オアシスで生きる人々は幸せなのだろうか。
漠然と研究室で考えても仕方が無かった。俺がもっとも尊敬する人がこんな時どうするか、そんなことはわかっていた。
俺の前にはオアシスに対して答えを出すための設備が整っている。所長とチーフを何と言って説得すればいいのだろうか。安全性も非常に重要だが、オアシス内部の人々について知らなければ意味が無い。何よりも、俺は先輩への謝らなければならない。研究者にも関わらず、調べることを止めたのだから。それが何よりも大きな贖罪になるはずだ。俺はすぐに所長室へ向かった。
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