第4節
「お前の言い分を言ってみろ。ちゃんと聞いてやるからさ」
先輩は俺に水を向けた。
「そんなのわかってるでしょ?俺たちは社会から嫌なことを押し付けられてるからですよ。摘出を受けた人の家族から人殺し扱いされ、家まで追い掛け回される。それだけならまだいい。でもそれ以上に社会が俺たちを無視する。散々俺たちを罵倒してた人間が来ても、俺たちには追い返すことすらできない。お前たちのことなんかどうでもいい。お前たちは黙って日陰者としてこき使われていればいいって何回言われましたか?」
先輩は始終静かに聞いていた。俺の声だけがむなしく会議室に響いた。
「お前の言うことはもっともだ。研究部門の俺たちですらこうなんだから、担当部門の連中ならもっと思ってるはずだ。俺も思っていたことだしな。だがそれは俺たちの都合だ。俺たちを頼ってくる人間が絶望の中で本当に死んでもいいのか?」
「そんなことは言っていません。でも、俺たちが社会的に必要とされていることを認めない連中に俺たちは脅迫され、やりたい放題されているのもいいんですか?つい先日も本部の研究員が自殺したそうじゃないですか。自殺した奴は絶望の中で死んでいないとでも?」
先輩は小さく首を振った。
「そんな訳無いさ。そいつも絶望だったろうさ。絶望を無くすためのシステムを維持する人間が絶望する。バカな話だ」
先輩はそこで言葉を切った。深く息を吸う。
「だが俺たちは、どう頑張ってもオアシスっていう逃げ場所が無いとな、普通に生きていくことさえままならなくなってんだよ」
「どういうことですか?」
「自殺率はオアシスが出てから急激に減っている。死ぬよりもオアシスに逃げた方が楽だし怖くないからだ。それに逃げ場があるだけで人は安心するもんさ。それは俺たちが日陰者だからこそ得られたものかもしれない」
先輩の声は少し遠く感じられた。
「オアシスは社会から見れば、もうどうしようも無いほど浸透している。公的サービスもあるし、摘出を受けなくてもコミュニティには入れる。そして入っていない人間は俺も含めてほぼ存在しないとさえ言われてる。世界からも羨望の的だ。世界的に見てもこんなシステムは存在しないからな。このシステムは重要な逃げ場所なんだ。俺たちが望もうが望むまいが俺たちは確実にいなきゃいけない人間だ。そのことに誇りを持て」
「でも……」
「俺たちがオアシスを呪ったところで、それに支えられてる人の存在は否定できない。俺も単に好奇心で摘出を受ける訳じゃない。俺たちのやって来たことに対する答えを見てみたい。純粋にそう思った。社会から日陰者でいることを強いられることは俺たちには辛い。だが、それはオアシスを否定する根拠にはならない。こんなシステムが無くなればって気持ちも理解できるが、無くなったところで同じようなものが出て来るだけさ」
俺は何も言い返せなかった。オアシスへの恨みも、先輩に言われなくてもお門違いということくらいわかっていた。だからこそこの仕事を続けているのだから。「オアシスが無いと生きていけない俺たちは病んでるのかもな……」
「じゃあ、僕たちはどうなんですか?」
先輩はふっと小さく笑った。兄貴みたいな人だ。
「俺が言うのも変だけどよ、オアシスを支えてる連中は一人残らずすごいと思うぜ。絶対にな。だからこそ日陰者じゃダメなんだ」
先輩は立ち上がった。またこうなるのか。俺は思わず笑いそうになった。
「じゃあな。もう時間だから行くわ」
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