第3節

 先輩に連れられて俺は普段ロクに使われない会議室へ入った。普段はメールやオアシスで会議をするし、会う必要がどうしても出てきた場合でも、端末などが整っている研究室ですることがほとんどで、端末をわざわざ持ち込まないといけない会議室は使われておらず、カビ臭かった。

 先輩が目の前に座る。先輩は普段通りに見える。

「お前がそんなに怒るのはわかるよ。確かに裏切りだからな」

 先輩は俺が思っていることを簡単に口に出した。どこか見透かしたような口調で。

「確かに俺の立場であれに手を出すのはな。悪いと思うよ。でも、俺にも事情がある」

「先輩はあれだけオアシスを嫌っていたのにどうしてですか?」

 先輩は小さく笑った。

「確かに。あの世界で行われていることって何なのか。それって俺たち人類にとって良いことなのか。これを知るために研究してたようなものだしな」

「じゃあ、どうしてですか?」

「オアシスって何なのか知りたい。オアシスについて俺たちが知っていることって言えば、仮想空間ってことくらいだ。そこは誰もが人に優しく、幸せな世界って触れ込み。オアシスが完成したのは今から約40年前だ。それまでは、ただのバーチャル空間が主流だったのがこれで変わった。なんせ意識を移植するんだ。殺人ではないかとの指摘もあったが、当時の倫理観なんて今よりもひどかった。何よりも、その空間なら殺されることは無い。そう感じた人間がオアシスを求めたのさ。政府も無視できず、結局関連法案が成立して今に至る。この程度の知識しかないんだ。政府にシステムが譲渡された時も、誰が譲渡したのかわからなかった。中身は政府もわかっていないって噂だ。それについてはどこまで本当かは知らんがな」

「先輩はオアシスの内実を知りたいがために摘出を?」

 俺の質問に大きく頷いて笑った。

「俺たち研究者がオアシスに反対する理由はだいたい決まってる。倫理的問題とシステムの維持についての疑念だ。もちろん宗教上の理由だとか個別の理由はあるんだろうが、学会の声明はこれだ。遺伝子操作の時と同じ理由と、システム維持。感情論から現実的な問題まで詰まった声明だ。だが、俺はどうしてオアシスにいる人間の声は幸せそうなのか、これを知りたい。お前はこう言うと怒るかもしれないがな」

 先輩はまた見透かした。俺が睨むと肩をすくめた。

「待てよ。お前の言い分も聞いてやるからさ。睨むな」

 そして豪快に笑った。

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