第2節

 先輩が意識摘出を受ける、そんな話を聞いたのは摘出の前日だった。先輩はずいぶん前からそのことを考えていたらしい。ただ、俺やほかの研究員、親類にすら話をしていなかったそうだ。

「先輩、どういうつもりですか!?」

 いつものように研究所の食堂でコーヒーを飲んでいた先輩に駆け寄ると、先輩はなんでもないことの様に静かに笑った。

「うるせーな。主語を抜いて話すなよ」

「とぼけないでください。意識摘出の話に決まってるじゃないですか!」

 俺の怒鳴り声が食堂にこだました。周りの見知った研究員も話を聞いているのか、俺に同情的な目を見せていた。

「別に大した話でもないだろう?今までお前も何回も見てきたはずだ。そもそも、俺たちの研究はオアシスの安全性の向上についてだぜ?身近なことさ」

「その研究はどうするんですか!?誰よりも先輩は意識摘出の意味を分かっているはずです!その行為の愚かしさについても!」

 先輩は何も言わずにコーヒーを一口飲んだ。

「愚かしさ、ねえ。そういうのくだらないと思わない?」

「どういう意味ですか?」

「研究についてはちゃんと所長に話を通してあるし、俺の後任も決まってる。この研究所の任期ももう少しで切れるとこだったし、法的な手続きも全部済ませてる。今さら引き返せない」

 先輩は俺の質問に答えなかった。ただ、どこかいつもよりも暗い表情だった。

「もうすべきことは全部やったんだ。だから、いくらでも馬鹿話に付き合うぜ」

 朝ここに出勤してきた時、先輩の机はすでにきれいに片付けられていた。他の研究員も何も聞かされていないようだった。その後、チーフに集められてこの話を聞いた時は、その場にいた全員が衝撃を受けた。俺たちの世界にいる人間で、いったい何人がこの意識摘出を行う者がいるだろうか。俺はそんな人間がいて、しかもそれがあの先輩だと聞いた時には何も信じられなくなった。それは話をしていたチーフですらそうだったと思う。

 裏切り

 そんな言葉がかすめた。

「そんな怖い顔するなよ。ちゃんと話すからさ」

 先輩はそう言って立ち上がり、ついて来いと合図した。先輩の眼を睨み上げていた俺をそのままに、いつもの如く歩いて行った。何も変わらない。

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