003  ワンダーランドⅢ

 しばらく歩くと居酒屋『ヨシコ』の看板が見えてきた。赤提灯には灯がともっていないが、すぐに見つけられる。見た目は二階建ての家だ。木造建築の家で、二階に上がる木の階段が左側についてある。


 スライド式のドアを左にスライドして入ると、一階は居酒屋であり、棚にはずらりと様々な酒が並んである。そして、カウンターに座席がある。

「まだ、開店時間じゃないよ。出直して来な‼」

 カウンターで煙草を吸っていた老婆そう言った。息を吐くときに煙と一緒に出し、灰色の着物がよく似あう女性だった。年齢は六十前後であるが、実際の年齢は知らない。

「すまないねぇ、まあ、そんな事言わずにまた、部屋を貸してくれよ。ババア」

「ウチはホテルとか貸す部屋なんぞないんだけどねぇ。あんた、またここに帰ってきたのかい?」

「成り行きでな。それよりも二階の部屋空いているんだろ? お願い。ちゃんと家賃は払うからさ……」


 とりあえずハヤトは千円カウンターの席に置いた。

「これでいいだろ‼ 今はこれしかねぇーんだよ!」

「ふざけんじゃないよ‼ こんな安っぽい金で何日止まれるんだと思っているんだい‼ もう少し金でも貯めて来な。それともなんだい? 当てがあるところでもあるのかい?」

「ある事にはある‼ ババアが少し金を貸してくれればちょちょいとやれば、あら不思議。倍の金額になるわけだ!」

 ヨシコはイラっとして、

「そんなわけないだろうが‼ あんたに貸すぐらいなら溝に捨てたほうがマシだ。馬鹿野郎が‼ 馬鹿もいい加減にしろ!」

「金は後からにして、部屋借りっぞ。そうだ、後で飯でも食わしてくれや」

「あんたに食わせる飯なんてないよ。ただでさえ、この世界はおかしなことの巻き込まれているっていうのにあんたはいつも通りの馬鹿だねぇ……」

 千円札を受け取ると、ヨシコは代わりに二階の部屋の鍵を出した。ハヤトは鍵を受け取ると、カウンターの席に座り、出された水を飲む。


 ヨシコは煙草を吸い終えると、そこに置いてあったボールペンとメモ帳をハヤトの目の前に置いて、

「じゃあ、家賃をしっかりと払うと書きな。あんたはそうもしない絶対も払う気ないからねぇ」

「そんなに俺が信用できないのか? 何でも書けばいいってもんじゃないんだよ。世の中には模写してだまし取ろうとする悪い連中がいるんだぞ‼」

「何言ってんだい。それはあんただろ? 今までの家賃分もしっかりと払ってもらうからね」

「あー、面倒くせぇ……」

「それが嫌だったらさっさとクエストなど行ってから金でも稼いで来い!」

「へいへーい。本当にうるさいババアだな」

「私は夜の方が忙しいから今から準備をしないといけないんだよ」

「そう言えば、なんでババアは閉じ込められたんだ? 現実世界では仕事なんだろ?」

 なぜ、ヨシコがいるのかわからないが、一応、事情は聴いてみる。ハヤトは元々ログイン状態だったから変わりない。

「おい、ハヤト。飯食うかい? 今から私も食べるところだけれど、一人や二人増えたところで変わりやしないよ」

「まさか、食事代とか出せって言わないだろうな……」

「言わないよ。それよりもその時間に自分の部屋でも片付けて来るといい。」

「そのままにしてあるのか?」

 鍵を持って一度外に出る二階に上り、扉を開く。目の前に玄関、トイレ、風呂、そして、大きな部屋があり、隣に畳の部屋がある。奥の部屋の窓から眺めると、街の一部が見える。なかなかいい眺めだ。人々が仕事をし、遊んでいる。


 ハヤトはヨシコに言われた通り、掃除適当にし、チラシや新聞など分別もせずにまとめた後、一度一階に戻る。

「ほら、食べな」

 カウンター席に座ると、出てきた食事は白飯の上にふりかけみたいなもの、暑いお茶を入れた急須に梅干しと箸しかなかった。ハヤトは黙ったままそれを食べ終えると、それからは暇ばかりだ


 ハヤトは久々に街の様子でもいることにした。

「ババア、ここは変わってないのか?」

「変わっていやしないよ。」

 そう言われてハヤトは店の外を出てフラッ、と街を歩いた。

 この世界には閉じ込められたプレイヤーのほとんどがここにいる。リヴァプールは大都市だ。一万人以上入るだろう。


 街を歩く人を見ていて気が付いたのだが、子供から大人までいる。剣や刀、様々な武器を携帯している。商売人のプレイヤーは武器を今は携帯していない。自分の職業が忙しいから邪魔なのだろう。

「まずは、そろそろ俺も仕事を再開するしかないのか? 武器が木刀っておかしいだろ……」

 腰に差している木刀を見る。

「ん?」

 向こうの路地裏で何やらもめている声が聞こえてくる。

「なんだ? 喧嘩か?」

 そうしてハヤトは裏路地へと足を踏み入れた。

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