1-2話 懐かしい顔


 次の日の朝、いよいよ出発の時間が迫ってきました。私は本殿の扉の前に立ち、涼さまが迎えに来るのを待っております。

 どうも落ち着きがなくなってしまい、体がそわそわと揺れてしまいます。不安と緊張と、初めての遠出に不謹慎ながら好奇心が抑えられなかったのです。

 そんな私の背中に声がかけられました。


百舌鳥もずや、これを持って行くと良い」

「これは……」


 ミコト様が私に何かを授けてくださいました。

 それはちょうど手のひらに収まる大きさの透明な丸い石でした。水晶かと思いましたが、これは地上に存在する石ではないようです。


「以前見たことがあるじゃろう。わらわの念を込めた石じゃ。昨晩夜なべして相当な力を込めてやった。そなたがここを離れても体を壊すことのないようにな」

「ありがとうございます」

「くれぐれも涼には触れさせるなよ。また砕け散ってしまうやもしれん」

「はい!」


 私が元気良く返事をすると、よしよしと頭を撫でてくださいました。

 長い時間ミコト様から離れるのは少し寂しく心許ないです。しかしミコト様から任された任務、しっかりと果たして参りましょう。


 そして私は、どうしても気になっていた事をミコト様に話してみることにしました。

 出発する前に聞ける機会はこれで最後でしたので。


「あの、ひとつだけよろしいでしょうか」

「なんじゃ」

「ミコト様は、こうなることをご存知だったのでしょうか」


 昨日のミコト様の態度は、まるで涼さまがそのお話をするのを待っていたかのようで気にかかったのです。

 ミコト様の御力と言えばそれまでですが、まるで用意していた展開に持ち込んだように思えてしまいました。

 もちろんミコト様を疑っている訳ではないのですが。


「そうじゃなあ……」


 ミコト様はしばし考えを巡らせたあとに一言だけ、遠くを見詰めながら仰りました。


「こんな日が来ることなく、平和に解決できればのう……」



 ***



 双子の実家は、住宅地と田んぼが並ぶとても静かな場所でした。道はあれど車の通りも少なく、私たちは気兼ねなく細い道路を進んで行きました。

 電車とバスを乗り継ぎ二時間ほどでしょうか。社の周りとは全く景色がことなります。

 涼さまは玲さまと神社のことを一段落させてから出発したので、結局昼過ぎになってしまいました。

 じりじりと暑くまぶしい太陽の光が私たちに襲いかかります。涼さまは目深まぶかに被った帽子のつばを指でつまみながら、ため息をつきました。


「涼さま、今は何時ですか?」

「ええと、あ。三時半を過ぎちゃったね。のんびりしすぎたかな」


 私の問いかけに、涼さまは携帯を取り出して時間を確認して答えてくださいました。

 思えば不思議なことです。ほんの数日前までは言葉を交わすことなど叶わなかったのに。


「ほら、着いたよ。あの家がそうだ」


 指を指した先に一軒の平屋が見えました。大きくもなく、小さくもなく。

 なんとなく、四人家族が住むにはちょうど良い広さだと思いました。


「今は涼さまたちのご両親がここに?」

「それと母方の祖母が一人。ここは母の実家でもあるからね」

「なるほど……」


 それにしてはあまり築年数が経っていないように感じます。お二人がいた頃は新築だったのではないでしょうか。


 家の玄関扉にたどり着きました。至って平均的なデザインです。


「親不孝な話だけど、神職を目指してからは忙しくて一度も帰ってなかったんだ」

「そうなのですか」

「少し迷うなあ」


 人差し指が玄関のチャイムに触れたまま、涼さまは苦笑いを浮かべています。踏ん切りがつかないのでしょう。

 私はそっとその背中を押すように声をかけました。


「大丈夫ですよ。きっと歓迎してくださいます」


 そこからはトントン拍子に事が進みました。涼さまのご両親に迎え入れられ、私たちは居間へと通されました。

 ここは客間兼、生活スペースのようです。居間では涼さまの祖母が湯飲みの前でうたた寝をしておりました。


「久しぶりねえ、顔合わせないとおばあちゃんが寂しがるわよ」

「神主って休むタイミングが難しいんだよね」

「あんた、あんまり丈夫じゃないんだから。無理して倒れないでちょうだいね」


 涼さまはびくりと肩を震わせました。さすが母君、千里眼でも持っているかのようです。


「それは昔の話でしょ」


 少しの沈黙のあと、涼さまはぶっきらぼうにそう答えました。


「そういや玲はいないのかい」

「両方休むわけにはいかないんだ。俺も用が済んだらすぐ戻るつもりだから」

「つれないねえ」


 しかし日が暮れたあとの山は危険なので、まだ明るいですが大事をとって明日の朝に出掛けることにしました。なので今日はひとときの家族団らんを楽しんでおられるようです。

 私はその家族水入らずに割り込む度胸はありませんので、少し離れたところから見守ります。その顔はとても生き生きしていて、いつもとは違った表情を見せております。これが飾らない涼さまの本来の姿なのかもしれません。

 いつか私やミコト様にも見せて欲しいと思いながら、ぼんやりとその様を眺めておりました。


 目的の場所はこの家のすぐ裏にある山とのことです。私は暇をもて余していたので、何気無く家の窓から山を覗いてみました。

 ですが今は静かなもので、涼さまをおびやかす何者かがいるとは思えません。

 ただゆらゆらと木の葉が風に吹かれて踊るように目の前を横切ってゆきました。



 ***



 夜も更け、私たちは眠る部屋に通されました。そこはかつて双子が共に寝ていた場所のようです。ぐるりと部屋を見回すと、確かにその名残があるように感じます。

 二組づつの机や椅子、箪笥たんすが部屋の両端に置かれています。一部屋を二つに分けていたのでしょう。私はお二人の幼少期を想像して一人でにやついてしまいました。


 夕飯や風呂を済ませたのでしょう、寝間着に着替えた涼さまが部屋へ入ってきました。そういえば今まで袴姿しか見ていなかったので、私服や寝間着姿はどこか新鮮でまるで別の方のようです。


「神使様、明日は夜明けと同時に出発したいんだ」

「早い出発ですね。では、もう休んでしまいましょうか」


 布団は涼さまに譲って、私はそこから少し離れた窓のそばの壁に寄りかかりました。

 きっと明日は大変な日になる。休めるうちに休むのは大切です。

 涼さまも、のそのそと布団の中に収まってゆきます。


「……あの」

「どうしました?」


 ややあって布団の方から声が聞こえてきました。さすがにまだ寝るには早い時間だったでしょうか。

 涼さまをみると、顔だけこちらに向けて照れくさそうに笑っておりました。


「眠るのにちょっと勇気が必要で」

「勇気……あ、」


 疑問を投げる前に、自分の中で答えを見つけて思わず声が漏れてしまいました。


「まだ、呼ばれているのですか」

「うん……ここはちょっと距離が近いし、参ってきちゃってね」


 これまでもあまり眠れていなかったのでしょうか、疲れが溜まっているようにも見えます。もしかしたら、この前倒れたときも熱中症だけが理由ではなかったのかもしれません。


「大丈夫です。きっと何もかもが上手くゆきますから」

「そうだね」


 あともう少しの辛抱です。私はそう信じております。神社にミコト様がいらっしゃる限り、この社の者はその加護にあるのですから。

 極力不安な様を悟られないように、私は力強く返事をしました。しかし涼さまには少し微笑んでもらえましたが、心の底の恐怖にまだ苛まれているようです。

 すぐに目を伏せて何かを考えているようでした。


「涼さま」

「なんだい?」


 私は答えるより早く、涼さまの布団に潜り込んで腕の隙間から顔を出しました。涼さまは横向きに寝ていたので、至近距離で向き合う形になります。


「ふふ、どうしたの?」

「いつもミコト様とはこうして眠っているので……」

「俺でも良いの?」

「今日は、涼さまが良いのです」

「そっか」


 こうして触れて、掴んでいなければすぐにどこかへ消えてしまいそうな危うさが涼さまにはありました。

 下手な言葉しか思い付きませんでしたが、納得してもらえたようです。私は安心して目を閉じました。


 そっと頭を撫でられる感触がしました。涼さまが私の髪の毛で遊んでいるようでした。


「……不思議だなあ。神使様が、鳥にも人にも見えるんだ。心の目で見ると確かに人と同じ姿の神使様がいて、ちゃんとこうして触れるんだ」


 撫でる手つきが丁寧なので、くすぐったく感じます。


「ちゃんと、必ず社に帰りましょうね」

「そうだね」


 ゆっくりと眼を開けます。そこには薄暗がりの中、月の光に透けた涼さまの髪が銀色に光っておりました。

 日中の薄茶色とは違う色味に感心して、なんだか神秘的だなあとぼんやり思いながら、私は微睡まどろみの中に沈んてゆきました。


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