3-1話 例大祭


 視点:玲


 遠くから祭囃子が聞こえる。毎年思うことだがなにもこの7月の暑い盛りに祭りなんてしなくていいと思う。だがそうと決まっている以上やらなければならないのが神職の務め。とは言え他の社の祭りに精を出し過ぎて涼の奴が熱中症で倒れなければいいが。

 と、まあ隣の神社では年に一度の例大祭が開かれているわけで、人の集まり具合もすごかった。今はちょうどメインの行事が行われている最中なので、この社には誰も訪れることは無く静かなものだ。それでも拝殿の奥に引きこもっている社の主に扉の外から声をかけた。


「なあ神サマ、どうせ今日は誰も来ねえし出てこいよ」


 数秒後にカタン、と物音がしてのそのそと面倒くさそうに神サマが姿を現した。


「無礼じゃのう。お主、手伝いは終わったのか」

「まあ俺は裏方だったしおしまいだ」

「そうか、御苦労じゃった」


 いくら俺以外には見えないからといってこの神サマは自由すぎる姿勢でいる時がある。今も仰向けに寝転んだままズリズリとこちらまで這い寄ってきた。きちんとした姿勢でいれば美しく揺らめくであろう長い黒髪も今では床に無造作に散らばっている。右足の指には筆が挟まっていた。まさか寝ながら文字を書いていたのか。この主を神聖なものとして敬い祀っている人間たちには到底見せられない怠惰な姿だ。しかしその表情は威厳のあるすまし顔のままである。あまりのアンバランスに笑いが込み上げてきた。


「何を笑っておる、失礼な奴め」

「そりゃ自分の胸に手を当てて考えてほしいところだな」


 人間たちにもそうだが、なによりこの主を慕っている使いには見られて欲しくないものだと思った。これじゃあ千年の恋も冷めてしまいそうだ……そこまで考えて、いつもいる姿がない事に気が付いた。


「なあ、神使サマの姿が見えねえが」


 いつもなら行儀よく、たまに居眠りしながらこの拝殿の扉の前で熱心に社の様子を観察している神使サマの姿が見えなかった。珍しい。もしかしたら初めての事ではないか。

 そう疑問を投げかけると神サマは少し眉を下げて口を尖らせた。困った時の表情だ。


「朝からふてくされて本殿から出て来んのじゃよ」

「ふてくされて、ってなんかあったか」

「それこそ、自分の胸に手を当てて考えてほしいところじゃのう」


 先ほど自分自身が言った言葉をそっくりそのまま返されて思わず眉間にしわが寄るのを感じた。しかしそう言われても思い当たる節はない。

 俺の挙動で考えを見透かしたのか、神サマは得意そうに鼻を鳴らしたのだった。


「まあとりあえず謝りに行って来たら良いのではないかの」

「俺のせいなのか……?」


 新しい暇つぶしだと思っているのか、やけに楽しそうに助言をしている。しかし、そんな手に乗るほど俺は騙されやすくは無い。


「さすがに俺でも分かるぞ。身に覚えがないのに適当に謝るっつうのは逆効果だろ」

「意外にもオトメゴコロが分かるのじゃな、お主」


 だからアイツは乙女じゃねえ。そう突っ込もうとして言葉を飲み込んだ。

 どうもこの主はそういう扱いをしたいようだが、神使サマにとってはあまり良くない事だろう。まあ当の本人はあまり気にせず受け入れているようだが、神サマの真意を知らないで崇拝していることを不憫に思った。


「あやつは先日のことを少し気にかけておってな」

「先日?」

「ほら、御婦人が涼に話していた“白百合の君”じゃ」

「ああ」


 白百合の君。

 そんな昔話を聞いたこともあった。2、3日前のことだろうか。

 それにしてもとてつもなくキザな台詞だ。もし本当に現代の日本男児がそんなことをさらりと言えたならば俺は拍手してやろうと思ったのを覚えている。そういやその後はドタバタしていたせいで神使サマにかまえていなかった。


「あの後なにやら“自信を失くした”と言ってわらわにはどうにも出来なくなってしまったのじゃよう。何のことか見当もつかんし。お主らは忙しそうで話を切り出せなかったのもあってな。

 ……お主、もう時間はあるのじゃろう?」


 この様子だと本当に困っているらしい。きっかけは分かったが、どうやら真相は本人の口から聞きださないといけないようだ。


「そうだなあ、分かんねえもんは訊かねえ限り分かんねえな」

「やってくれるか」

「そうだな。早くしねえと涼の出番見れなくなっちまうし。あいつ楽しみにしてただろ」


 そう言うと神サマは思い出したように「あっ」と大きな声を出した。

 以前より隣の神社の祭りを神使サマは楽しみにしていたので、俺は神サマにアイツがこの境内を出る許可を貰っていたのだ。短い時間で、俺のそばを離れないことを条件に。

 漏れてくる音がメイン行事の終わりを告げていた。涼の演奏する神楽は夕方からなのでまだ時間はあるが、いろんな場所を見せてやるなら早い方が良い。


「間違っても悪化させるなよ。お主は余計な一言が失礼なんじゃから」

「へいへい」


 ひらひらと手を振りながら本殿の方へと足を進めた。と、一つ言おうとしていたことを思い出し振り返る。


「そうだ。なあ神サマ」

「なんじゃ」

「いい加減神使サマを先代と重ねて見るのはやめてやれよ。あいつは女の子じゃねえし、全然違うんだからよ」


「……そんなわけなかろう。わらわが一体どれほどの生き神使を見送ってきたと思うのじゃ」


 しばらくの沈黙の後聞こえてきた声は消え入りそうなほど小さなものだった。


「それなら良いんだけどよ」


 俺は聞こえないように、ため息交じりに呟いた。



***



 賑やかな祭りの音が、人々の喧騒が、この締め切った本殿の中まではっきりと聞こえてきました。一体どれほどの規模で、楽しそうに行われているのでしょうか。そしてきっとその中には涼さまや玲さまがおられるのでしょう。どうせ私には関係のない事なのでここにいることにしたのでした。本殿はすべての扉や窓を塞ぐと昼でも真っ暗になります。こんな気持ちの時は居心地がいい。

 自然と漏れたため息も外の音にかき消されてしまい、なんだかみじめな気持ちになってきました。どうやら私の居場所などないようです。耳を塞いでうずくまっていると、急に視界が明るくなりました。

 せっかく締め切っていたのに誰かが扉を開けたようでした。そこから差し込んできた太陽の光が容赦なくこの部屋を焼いてゆきます。私はさらに身を縮めました。


「おいおい、想像以上にいじけてんなあ」

「ううう、眩しい」


 どうやらその犯人は玲さまのようです。硬く瞑っていた眼を少しだけ開くと、意地悪そうな笑いを浮かべて私を見下ろしていました。そしてそのまま、玲さまは目が合ったままゆっくりと腰を下ろしました。私は床に顔を伏せて転がります。


「なんだよ神使サマ、早く出て祭り行こうぜ」

「結局私、ミコト様に許可を頂いてませんし、この境内を出ることはできません」


 うつ伏せになってうずくまり、私は拒否の意を体全体で表しました。それでも足りないのか、玲さまは私の両脇に手を入れて無理矢理抱き起そうとしてきました。負けじと踏ん張りますが、力の差は歴然です。大した抵抗も出来ぬまま私は抱き上げられた猫のような無防備な格好にされてしまいました。覗き込まれた顔を直視することができずに目を反らします。


「ははん。さてはお前、俺が嫌いになったのか」

「そういうことでは、ないのですが……」


 なんとも歯切れの悪い返答になってしまいました。「ああ?」と凄みのある声に震え上がって目をつむります。すぐ正面からため息が聞こえてきました。


「神サマにはちゃんと許可取ってきたんだぜ。“俺の肩から離れないで、日が落ちるまでに帰ってくること”だってよ」


 想像していなかった返答に驚き思わず玲さまの方を向きました。困ったように眉を下げ、少し悲しそうに笑っております。


「俺と一緒にいるのがヤなら、無理して行くことねえけど」

「ち、違うのです。嫌いなのではなく、その」


 このままでは傷つけてしまう。その前に、きちんと意思表示をしなければならないと思いました。自分の弱さを見せてしまうことに恥ずかしさを覚えましたが、“違う”ということを言わなければ。


「じゃあどうして、ここに閉じこもってんだ」

「えと、その」


 玲さまの額から頬へと汗が一筋流れました。今日は確かにすこぶる暑いです。それでも私を探して声をかけて下さったのです。私のためにミコト様に許可まで取って。申し訳なさで頭がいっぱいになりました。


「嫌いではなく、羨ましかったのです。ほんの少しだけ」

「羨ましかった?」


 今度は悲しみではなく、疑問から玲さまは眉を寄せ首を傾けました。至近距離で顔を覗き込まれて思わず目を反らしてしまいました。


「玲さまは、少し破天荒でもミコト様から信頼されて認められているのに。私は表面の事だけを見て型にはまっているだけなのではないかと、思ってしまったのです。

 特に、貴方を責めるときは私の方がいつも空回りしてるので」

「ん?(破天荒……?)」

「どうするのが正しいのか分からなくなってしまったのです。そのうち私のすることすべてが空回ってしまうのではないかと思うと、自分の行動に自信が持てなくて……

 多少規律から外れてしまっても堂々としてる玲さまを見てると、私の方が常識外れなのかとか、場の空気を察せないのかとか、」

「んん、まあ。そうだなあ」


 自分自身の中でも考えがまとまっていないことを吐き出したものですから、話の終着点が分からなくなってしまいました。ただこのもやもやした感情を伝えたかったので、私自身どうしたいのかも分からないのです。ほぼ同時に私と玲さまは首を傾げました。どうやら互いに迷宮入りになりそうです。それを見て玲さまは吹き出しました。


「まあ、別にアレだろ。神使サマは俺みたいになりたいわけじゃないんだろ」

「はい」

「そこはハッキリ答えんのかよ」


 意味不明な説明でてっきり不快にさせてしまうと思ったのですが、玲さまは楽しそうに笑いだしました。私の首の角度はさらに傾きます。


「神使サマは別に間違っちゃいねえよ。もともとこういう職は規律が厳しいもんだし、俺が間違っていると思ったら注意したり怒ったりしていいんだぜ。まあ、俺が従うかは別として」

「従っては頂けないのですね」

「そこはここの神サマが特にそこまで求めてないときもあるからな、俺と同じで自由だし」

「言われてみれば……」

「正直なところ、俺は神サマは友達感覚だが、神使サマは偉大なお方としてきちんと敬っている。意識の違いだな」


 いつもとは違う、落ち着いてゆっくりとした口調に自然と私の強張った身体から力が抜けてゆきます。こうして話す声は涼さまにそっくりだと思いました。


「だが、この間の参拝客への振る舞いは俺が悪かったと思ってるよ。せめて人前では神職らしくするべきだったのに、つい気が緩んじまった。どうもこの社の中じゃ緩んじまうからなあ」

「そう、ですか」


 玲さまも次の言葉を考えているようで、少しの間沈黙が流れました。しかしそれは居心地の悪いものではなく、私も穏やかな気持ちで待つことができました。


「まあ、だから自信失くしたなんて言って引きこもんないでくれよ。別に何しようが、俺だけじゃなく神サマや涼や月冴、じいさんだってお前の事嫌ったりなんてしないから」


 こういうとき玲さまはずるいと思いました。普段適当なことを言っているくせに、肝心なところは見抜いて的確に言葉を返すのですから。私はその逆で、大事なことほど上手く言えなくなってしまうのでした。

 私が頷いたのを確認すると、まるで私を子供のように抱きかかえて立ち上がりました。まあ実際、玲さまに比べたら私はまだまだ子供なのですが。そのまま扉まで歩いてゆきます。外の喧騒がより近くに聞こえてきました。


「ありがとう、ございます」

「よし、機嫌は直ったな」


 心から嬉しそうな声に私も嬉しくなりました。やはり私の周りの方たちは優しいみたいです。

 「行くぞ」という声と共に扉を抜けて視界が開けました。眩しい世界が広がっています。私は彼の肩によじ登って、久しぶりに元気よく声を上げたのでした。


「よろしくお願いします」


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