6-2話 先代②
薄暗い木々の間を抜けて、見慣れた景色へと戻って参りました。時間はそう経っていなかったようで太陽はあまり傾いてはいませんでした。
これから事務仕事をなさるというのでここで涼さまと別れた後、また拝殿の軒下にある賽銭箱へと向かいます。その途中で久しぶりに宗治さまをお見かけしました。境内を散歩しているようです。
近頃はあまりこちらへは来られないようでしたので、姿を見るのも本当に久しぶりです。私はいつもの場所に戻るのをやめ、宗治さまに声をかけました。
「お久しぶりです、宗治さま」
「おや、そうだね。ご無沙汰だったな」
どこか体調を崩されたというわけでもなく、前回同様はきはきとした口調にしゃんとした背筋だったので安心しました。こちらへ顔を出さなかったのも、きっと前向きな理由だったのでしょう。
「お元気そうで何よりです」
「ふ、わしは殺しても死なんぞ。大丈夫だ」
体力があるのが取り柄だ、と言って笑う彼にどこか納得しました。確かに、この方が体調を崩すところなど想像できません。
「何か、考えごとかな」
「えっ」
驚いて思わず目を見開きながら宗治さまに聞き返しました。刻まれた深いしわから覗く双眼が、私の心を見透かすようにじっと見つめておりました。
「ええと、はい」
「すまんな。多くの人を見てきたから、こういったことには敏感でな。無理にとは言わんが、もし遠慮をしているのであったら構わず話しておくれ」
さすがと言いますか、この方の前で隠し事をするにはまだ私には早かったようです。一つ深呼吸をして、彼の言葉に甘えてみることにしました。
「先代の生き神使は、どのような方だったのでしょうか」
正直に先ほどまで考えていたことを口にすると、宗治さまは一瞬だけ驚いた表情になりましたがすぐに優しいものに戻りました。
「何か思うところがあったらしいな、詳しくは訊かんが」
そのきっかけは先ほどの涼さまで、言葉そのままの意味の他に、遠回しに彼と社の過去を知りたかったこと。あまりそこまで白状したくはありませんでしたので、深く追及されなかったことに安心しました。
宗治さまはしばし目線を泳がし考えた後、ゆっくりと答えてくださいました。
「そうだな。
強いて言うなら、貴方のような鳥だったかな。貴方と初めて会ったとき、神使は皆こんな性格なのかと思ったくらいだからなあ」
「神使といえど、私にはどのような姿が正解なのか分かりません。先代の話を聞けば少しは分かると思ったのですが」
「そうか。過去から学ぼうとする姿勢は良い、だが」
話す途中で俯いた私の頭は彼に捕えられます。そのままわしわしと強めに撫でられ、髪が乱れるのを感じました。
「確かに神使と生まれたが、実際にどう生きるかは自分次第だ。最低限の規律は必要だが、神使として仕事のルーティンがあるわけでもないしな」
「ですが」
「神の命に従い仕えること。神の遊び相手をすること。そしてわしら社の者や参拝者と交流すること。どれもこなしていると思うが…
もっと自由に、気楽に考えれば良いと思うがな」
「自由…」
「まあしかし、参考や手本がないから悩んでいるのだろうからな」
その通りなのです。明確に示された道があれば迷わずに済むのですが、道通りに進むことをミコト様は望んでおられないようなのです。だから教えてくださらないのは重々承知なのですが。
「そのままでいい。神使というものはルールに縛られる必要などないのだから。
その気ままな姿こそが、人々の心を掴むのだと思っているぞ」
「そうでしょうか」
「そうだとも」
気持ちよく納得はできませんでしたが、宗治さまが力強くそう仰ったので私もそう思ってみることにしてみました。なんだか少しだけ肩の力が抜けて楽になったような気がします。
「まあでも神は、神使どののそういう所を気に入ったのではないかな」
「ありがとうございます」
真っ直ぐに褒められるのが照れくさく感じて、私は目を反らしました。視界の端で宗治さまが笑っております。
思ったよりも高く評価されていたことに驚きを覚えながら、この期待に沿った行いをしなければならないと気が引き締まりました。とりあえず、
「なんだ、珍しく二人で話し込んでんのか」
突然背後で声をかけられたので、びっくりして肩が勢いよく上がりました。振り返るといつ帰ってきたのか玲さまが私のすぐ後ろでにやにやしながら見下ろしておりました。
「そうやってすぐ気配を消して近づくのはやめてやれ。この子が可哀想だろう」
「悪ィな。毎回驚くのが面白くてよ」
「心臓に悪いです……」
ぼそりと抗議しても効果は当然なく、笑いながら頭をぽんぽん叩かれるだけでした。玲さまは気配を消すのが本当に上手いので、たまに涼さまや月冴さまのことも驚かせては怒られております。その中でも私の反応が一番面白いらしく、こうやって玲さまの機嫌が良い時は大抵驚かされています。少し不満はありますが、玲さまが楽しそうにしているのであまり強くは言えなくなってしまいまうのでした。まあ、これ以上悪化しないのであれば良しとしましょう。
「神使サマもいろいろ悩んでんのな」
「さ、先ほどの聞いていたのですか」
「お前はお前だろ神使サマ。この社のマスコットらしく、もっと自由気ままに楽しんでた方が良いぜ」
「ますこっと、って……」
玲さまやミコト様はたまによく分からないことを仰ります。今までなんとなく聞き流していたのですが、果たしてこのままでもいいのでしょうか。
けれど、今まで宗治さまとお話していた時の深刻で湿っぽい空気がどこかへ吹き飛んでしまいました。今ならどんな話でも笑い話に変えてもらえそうです。
「今日、先代の神使さまたちが眠る墓地へと行って参りました」
「へえ」
「そこでいろいろ私自身のことや、これからのことを悶々と考えてしまっていたのですよ」
私は今日の出来事を玲さまたちに話そうと思いましたが玲さまの表情が曇ったので、不思議に思いました。そのおかげで次の言葉が口の中で止まってしまいます。どうしたのか尋ねようとしたところ、拝殿の奥からミコト様が私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「あれ、
そこでまた言葉が止まってしまいます。どちらを優先させるか迷っていると玲さまに優しく肩を叩かれてしまいました。玲さまは親指で彼の後方にある拝殿を指さして私を促します。
「ほら、神使サマの話はあとで聞いてやるから。今はあの自由気ままの神サマを優先してやれよ」
「そうですね。では、失礼します」
「おう、じゃあな」
あまりミコト様を待たせてしまうのはよろしくない。これこそ神使として失格になってしまう。私は二人に会釈をしてからミコト様の元へと急ぎました。
「なんでしょうかミコト様」
「おおそこにいたのか。いやあ、先ほど面白い人間がおってなあ」
その後はミコト様と夕拝の時間までお話をすることになりました。今日はどうだったか、何をしたのか。ですので、玲さまとお話しするのはあれで終わりとなってしまい、再び話を持ち込むことも忘れてしまうのでした。
***
「……なあ、じいさん」
「なんだ玲」
「歴代の神使の墓なんて行ったことあるか」
「神使はちと特殊で死後は神に看取られたのち、そのまま俗世には身も魂も帰っては来ないからな。その場所は神のみぞ知るものだと思っているぞ」
「じゃあ知らねえんだな」
「ああ。そんな場所があるとは長い人生で見たことも聞いたこともない」
「だよなあ」
「行ってみたいのか」
「先代の話をしてたら懐かしくなってさ。先代神使、つまりじいさんの相棒に手でも合わせたくなっちまったな」
「そうか」
「ま、いつかあの神使サマに先代の昔話でもしてやりゃ良いじゃねえか」
「……気が向いたらな」
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