3-2話 相談客


 その声は拝殿の方で聞こえてきました。

 涼さまと見知らぬ中年の男性がなにやら言い合っているようです…といっても、中年男性の方が一歩的に何かをしゃべり、涼さまが制止しているのですが。


「申し訳ありません、うちではそういった相談は受け付けていないのですよ」

「そこを何とかしてくれよ! こっちはうわさに聞いてるんだ」

「おーい、どうした涼」


 埒が明かなそうな会話の中、恐れ知らずの玲さまがひょいと首を突っ込んでゆきました。その顔を見た涼さまは安堵と少しの怒りを含んだ複雑な表情になってゆきます。


「玲、いつ帰ってきたんだ」

「まあまあ小言は後だ」


 玲さまは宥めるように苦笑してから男性の方に向き直りました。玲さまの鋭い目つきと大きい背丈に圧倒された男性からぐう、というくぐもった声が聞こえてきました。


「もう参拝時間は過ぎています。お引き取り願えないでしょうかね」

「私はあるうわさを聞きつけて相談に来たんだよ。ここは不思議なことを聞いて解決してくれるんだろう!」


 ここまで聞いて玲さまはこちらを振り返り、白けた顔で私とミコト様を交互に見ました。ミコト様は明らかに動揺し目を反らしています。彼女は私が知らない間も“見える”人々と交流をしていたのでしょう。それが知らぬ間に噂になっていたようです。

 玲さまは一つ大きなため息をして、再び男性に向き直りました。


「解決、はしていませんが、そういった話を聞き集めるのが好きな奴はいるみたいです。今はここにはいねえけど。まあ、この社の神職の者ではないですよ」

「なんだ、そうだったのか」


 男性は誰が見ても分かるほど肩を落とし、右手で頭を抱え込んでしまいました。涼さまも心配そうに様子を見守っています。


「そんなに深刻なことだったのですか」

「深刻というか……不安で眠れなくなってしまってな。ある、ことで」


 あきらめて背を向ける男性に、玲さまが「後味悪ィな」と呟きました。そして長いため息をもう一つついて、声をかけたのです。


「解決するかは分からねえが、話ぐらいなら聞きますよ」

「えっ」

「まあ、人々の生活に寄り添うのも神社の務めですから。正直そういうのは寺の方がいいと思いますけど、その場しのぎの札くらい出せますよ。特別にね」


“特別に”の部分をとても強くあたり、玲さまのしたたかさが出ています。この短時間で彼の性格が良く知れた気がします。

 面倒くさがりですが責任感が強く、態度は悪いですが思いやりのある方のようです。


「本当かい? 実はもう藁にもすがる思いなんだ。助かるよ」

「とりあえず立ち話もなんですし、家の客間に…」

「いや、この敷地内の方がいい。そこに腰かけてくれ」

「わ、分かった」


 男性を拝殿の座れそうなところに腰かけさせると、玲さまはもう一度私たちを振り返りました。来いということでしょうか。私たちは境内の外には出られないので、一緒に話を聞けという意図なんだと思います。

 ミコト様はどこか嬉しそうに彼らに歩み寄りました。


「わらわが撒いた種じゃからのう。責任を持って聞くとするかの」


 私はミコト様の背中に隠れるようにして皆様の輪に混ざりました。不機嫌顔の玲さまと目が合ってさらに縮こまるとまた小さなため息が聞こえてきました。この方はため息をするのが癖のようです。


「ああ、俺はお茶でも持ってくるよ。すぐそこにあるから」

「おう、頼む」


 そういうと涼さまはどこかに姿を消してしまいました。彼もなかなかマイペースな方です。消えた涼さまは気にせず、玲さまは話を進めていきます。


「では話してもらいましょうか」

「ああ。実は私は昔、得体の知れないものを見てしまったんだ。あれがなんだったのか分からないまま、それが今になってまた夢に出てくるようになってしまったんだ。

 私はどうなってしまうのか……」

「話が見えねえな、最初から順序良く話してほしい」

「分かった。私の故郷の話になるから、少し長くなってしまうが」

「覚悟の上だ。どうぞ」


 いつの間にか帰ってきた涼さまからお茶を受け取り、男性はぽつぽつと今まであったことを話し始めるのでした。

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