1-2話 とある少女の話
この町に引っ越して早1か月、この神社の存在を知ったのはつい最近だった。町にはその近くに更に大きくて人気でテレビに紹介されるほど有名な神社があるので存在感は薄いのだが、不思議なウワサや口コミが多いのだ。
「夜中に狛犬が動く」やら「人の話を理解する鳥がいる」やら、ちょっとした都市伝説じみたものから「若い神主がイケメン」「美少女巫女はレアキャラ」などミーハーなものまである。なにやら神社らしからぬ目立ち方をしているが、社そのものは一切ふざけた雰囲気はないのだ。
そんな特殊な話を聞いてはこちらもじっとしてはいられない。好奇心と怖いもの見たさに負けて今日ここを訪れたというわけだ。というわけでやや意気込んできたものの、やはりなんてことはなかった。どこにでもありそうなこぢんまりとした拝殿に、その奥に一般人は入れないらしい小さな本殿が柵に囲われていた。
あとは木や岩といった自然に囲まれた場所のようだ。
しかしここはとても居心地が良かった。私の“友人”の影響で神社めぐりを良くするようになっていたのだが、ここは特別なぜか安心するような柔らかで懐かしい空気を纏っていた。
私は鳥居から賽銭箱へたどり着くまでの間、この風景を楽しみながら歩いていた。
木の枝と枝の間、岩の陰、社の屋根、不思議とそんな場所に目が行く。ここはどうも人とは異なる何かが息づいているような気がしてならない。
こんなことを誰かに話そうものなら笑われてしまうだろうが、私はこの感覚を何より大切にしている。きっと気ままで勝手で、楽しく生きている“彼ら”がいるのかもしれない。そんな気持ちになるからだ。
―…カラン、コロン。
賽銭を投げ入れて鈴を鳴らしたとき、じっと私を見つめている小鳥の姿に気付いた。この神社で飼っているのだろう、可愛らしい巫女服に大人しく身を包んでいる。よく人に慣れているようで、逃げることもせず私と目を合わせたままだ。ウワサの鳥とはこの子のことなのだろうか。
(話してみたいな、でも)
当たり前だが鳥がしゃべるはずもない。この社の雰囲気で変なことを考えてしまったと自分自身に呆れつつ、手を合わせて瞼を閉じた。
(―…どうか、)
すると私の周りに温い風が吹いた。それはまるで生きているかのように舞い、うねり、そして優しく私の頬を撫でた気がした。突然のことに驚いて体をこわばらせていると、まるでその風が私を誘うように服の裾を揺らし、引っ張ったのである。
この感覚は久しぶりだった。そう、久しぶり。戸惑いは隠せなかったが、急ぐ用もないし、何より“彼ら”からの珍しい誘いだ。私はためらうことなくその風に任せて付いて行くことにした。
それから歩くこと数分、木々で社が見えなくなってきた頃に風は突然止んだ。
たどり着いたのは人が一人入れるくらいの小さな池だ。生き物の姿はなくただ澄んだ水がそこにあるだけだが、良く手入れがされている。いや、手入れが行き届きすぎているのだ。
周りを囲う岩は苔ひとつなく磨かれたように光沢があり、太陽の光を反射して眩しいくらいだ。こんな無骨な岩を磨いているとでもいうのだろうか。
「この池の水はわらわの力で常に清められているのじゃ。払いたい穢れがあればあっという間じゃて」
背後からいきなり声をかけられて私は反射的に振り返り、後ずさりした。気配がまるでなかったのだ。
「ああすまん、驚かせてしまったな」
「……こんにちは」
振り返った先にいたのは煌びやかな巫女服をまとった女の人だった。ここの神社の巫女かと思ったが、何か違う。
すべてを見透かされそうな高慢な瞳、余裕たっぷりにいたずらっぽい笑みをたたえた唇、風にさらさらと揺れる腰まであるつややかな黒髪。そして衣服をよく見れば細部まで銀糸で紋様が描かれている、これは相当身分が高い証である。この人物とは初対面だが、思わず見とれてしまうほど美しく厳かで人間離れしているその姿には覚えがあった。私が良く知っている種類の者だ。
「神様、ですか」
「ご名答。物分かりの良い娘じゃの」
するとその後ろにずっと隠れていたのだろう、神様と同じ服―紋様はなく少し安価そうだが―を着た小さな子がひょっこりと顔を出した。
「ミ、ミコト様、一体何を……」
「なに、ちっとな」
神様は軽くその子の頭を撫でていさめ、再び私に向き直った。
「久しぶりにわらわと話せそうな人間を見つけたのでつい、な」
「は、はあ」
どうやら悪いことをされるわけではないようで安心する。しかし、舐め回すようにじろじろと見られて体がこわばった。
「お主、何か持っては無いかの。なにか、こう、あやかしから譲り受けたものが」
「どうしてそれを」
「そのモノとあやかしについて知りたいと思っているのじゃ、話を聞かせてはくれんかの」
好奇心がそうさせているのだろう、単刀直入すぎる頼みに私は大変困ったという感情が顔に出てしまった。本当に私を見透かしている。
しばらく私がまごまごして思わずうつむいていると、一歩距離を詰められて顔を覗き込まれた。終始この神はにやにやしている。
「“どうか、安らかに”。先ほどそう祈っておったじゃろう」
「あっ」
「こう見えてわらわはこの社に住む神じゃからな。供養が必要なら話の礼にしてやっても良いぞ。それと、本当はやろうと思えば人の心なぞ容易に覗けるのじゃが、できればわらわは会話をしてみたいのじゃよ」
「……そっか、そうですね」
そうだ、先に頼んだのは私の方だ。
「なにかお主のためにもなるかもしれんぞ」
「分かりました。よろしくお願いします」
私が神様に一礼すると、頭上から「よいよい」と心なしか嬉しそうな声が降ってきた。
そこで顔を上げ、さっそく本題に入るべく私は首にかけていた細い飾り紐を手繰り寄せた。
“それ”はいつも服の中に隠して肌身離さず持っているのだ。そしてお目当ての巾着を開き、“それ”を取り出した。
「これです。私の友人から貰った物なのですが……」
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