2話「ビカン」

「今頃、さっきの彼女置き手紙読んでる頃かな…?」


「ミラ… そうだといいな」



 邪神の力を持つルクト、鬼神の力を持つキバ。


 二人は互いに相手のことをあまり知らないまま、あの丘―――出会った場所から南西に0.2カロス(1km)ほど進んでいた。


 空も薄暗くなり、二人を照らすのは雲から時折顔を出す月の静かな光だけであった。



「おい、キバ! あの実食えそうじゃないか?」


「ん、あ! あれはビカン、食べれるぞ!」


「いい香りだ…… 木からむしっちゃっていいのか?」


「うん、多分大丈夫だと思うけど」



 二人は、オレンジ色の実がたくさん実っている木の幹まで近寄り場所を分担してもぎっていった。



 少し経ち、互いに何一つ話さない空気の中、沈黙が気に入らなかったのか、キバはルクトに質問をする。



「る、ルクトは彼女のことが好きだったのか?」


「ばっ、バカ、そんなんじゃねえよ!」


「脈ありかな」



 唐突な質問に頬を赤らめ動揺するルクトにキバは微笑みかける。



 どのくらい時間が経ったかルクトはあまり意識していなかったが、もぎってもぎってもぎりまくったビカンは木の根の付近にたくさん転がっていた。



「ふー、ルクトそろそろに終わりにする?」


「そうしてくれると助かる」



 数時間ほど前に出会った年頃の男女の会話はぎこちないのが普通であろう、しかしながら普通に喋れ、解け合えているのはルクトの心に変化が訪れたからである。



 まず自分と同じ境遇の人に出会えたのが大きい、キバという存在にだ。


 今まで心の行き場を失っていたルクトにとって同じような体験をした人が、肩を支えてくれるのは大きいのだ。



 しかしながら、もっと大きいのが彼自身に自信がついたことである。


 今まで諦めかけていた力という存在を手に得たことで、彼自身のモチベーションも上がり昔のルクトに戻りかけているのだ。


 五年前のやんちゃなルクトに。




「ふーっ、分け終わった! 分け終わった!」


「こっちが俺のか……?」


「ち、ちがーう! そ、そっちじゃない! キバさん特製選抜でいいビカンだけ取ったルクト用はこっちー!」


「おお! うれしい!」



 辺りはすっかり真っ暗になり、唯一の明かりはキバが持参してきた『|摩(さす)り火』という、なんだかよく分からない玉から出ている火。


 彼女曰く、『摩ると火が出てくる超レアなアイテムだぜ!』とのこと。


 まあ、摩ると本当に火が出てきたため、ルクトも信じざるを得ず今に至る。



「いただきます!」


「あ、ルクト自分の分は全部食べてよね」


「おう、分かってらぁ!」



 キバは自分のリュックから、水色のペンダントを取り出すと悲しそうに見つめる。



「す、酸っぺ!」


「ん? あ、あはははは!」


「このビカン、すごい酸っぱいな…」


「あは、あはは! 最初からハズレを引くなんて不運だな! あははは!」



 酸っぱいビカンを食べ、顔をクシャクシャにするルクトにキバは腹を抱え地面に転がりながら大笑いする。



「う、うわ、これもだ!」


「ぶっ、ぶはははは!」


「おいキバ、お前だってビカン食えよ」



 別にいいぜ、と余裕な態度のキバにルクトは少し違和を感じた。


 キバが自分のビカン全てを一口ずつかじり終える。



「私のは全部当たりみたいだけど」


「お、おい! まさかお前仕組んでるんじゃないだろうな」



 やっと気づいたか、と言いたげなキバを前にルクトは自分のビカンを一口ずつ食べては、毎回顔をクシャクシャにしながら食べ進めて言った。



「お、おい! キバやっぱり俺の全部酸っぱいぞ」


「あはははは!」



 ルクトはあまりの酸っぱさから体が震え、目には涙を浮かべていた。


 キバもその光景がどうも笑いのツボに入った様子で、お腹を抱え泣きながら笑っていた。



「久しぶりにこんなに笑ったわ、なんてったって旅中は一人だったからね」


「俺にも酸っぱいビカンを見分ける方法を教えてくれよ」


「酸っぱいビカンはおしりのほうが凹んでるんだよ」



 そう言いながら、キバは自分のビカンとルクトのビカンを手に取り果頂部をルクトに見えるように持つ。



「ほ、ほんとだ……すごい」


「ビカンは動物から身を守るために、酸性の強い実がなるように進化したみたいだけど、全てを包み隠すのは無理ってわけよ」


「ん? 包み隠すって?」


「あ、気にしないで」



 話し終えると、何かに気がついたようにキバは自分のリュックを漁ると植物繊維で出来たような袋を取り出し、ルクトに向かって投げる。



「うおぇっ!?」


「自分の分は全部食べるっていう決まりでしょ、その袋貸してあげる」


「こ、これに詰めろってことか……」



 キバはビカンを食べ終えると、ルクトに告げる。



「私はもう寝る、ルクトも寝るときはその摩り火の炎消してから寝てね」


「どうやって消せばいいんだよ」


「もう一回摩るだけ」



 もう一回摩るといっても火が出てる玉を摩るなんて熱くないのか?、とルクトは考えた。



 少し時間が経ち、ルクトは自分の食べかけビカンを袋に詰め終わった。



「ふぅ、ん? この袋ひもが二つ付いてて背負えるのか!」



 ルクトはビカンを詰め込んだ袋を背負うと、摩り火の周りをはしゃぎながら走った。



「おお! これなら楽ちんだし、背中の剣も問題なく取れるぞ」



 ルクトは自分の体と、背負ったビカン袋の間にある鞘から剣を取り出したりしまったりしていた。


 はしゃいでたルクトだったが、一つ気になることが生まれた。



(キバの寝顔見たい……!)



 ビカンの袋を下ろすと、かかとを上げゆっくりとキバに近づく。


 ルクトはキバの頭の方に周り込み、摩り火とは反対側に向けた顔を覗き込む。



「ぶふぉっっっっっ!」



 ルクトは鼻血を撒き散らしながら、後方に倒れていき後頭部を打っていろんな意味で死にました。



(か、か、かわいい……)



 そしてルクトは意識を失ったのでした。

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